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04 甘い一粒と、苦い現実

フィリアは、夢を見ていた。


「お姉ちゃんの魔法陣って、いつも綺麗だよね!」


無邪気に声を弾ませる弟のルカ。

まだ幼い手が、私の魔法陣をなぞる。


「お姉ちゃんはすごいから、きっと王宮魔法使いになれるよっ!」


ルカの小さな手が温かくて、笑顔がまぶしくて。


お母さんは後ろで優しく微笑みながら、


「フィリアなら大丈夫よ。学院で教われば、きっと魔石がなくても魔法が使えるようになるわ」


そう言って、頭を撫でてくれた。

その手の感触が、まだ残っている気がした。


――お母さん。


右手には、母の青く澄んだ魔力で満たされた、魔石のはめ込まれた指輪。


学院に入れば、もう頼らなくて済むかもしれない。


そんな淡い期待を、ほんの少しだけ抱いていたのに。


ぽたり、と涙が落ちる感覚とともに、目が覚めた。


天井を見上げ、小さく息を吐く。


……これから、どうすればいいんだろう。


視界の端に、小さな包みがあるのに気づく。


《Eat me.》


上品な筆跡のメモが添えられていた。


キャンディ。


……もらって、いいのかな。


そっと包みを開き、口に含む。


優しい甘さが、じんわりと広がっていく。


胸の奥の冷えた部分が、少しだけ溶けるようだった。


飴ひとつで、こんなにも救われるなんて。


まだ、終わったわけじゃない。


――まだ、始まったばかりなんだから。


ぐっと拳を握る。


きっと見つかるはずだ。


魔力を貯める方法。

魔力を維持する方法。

少ない魔力でも最大効率で発現できる魔法陣の研究。


やることは山ほどある。


落ち込んでいる暇なんて、ない。



翌日。


教室へ足を踏み入れた瞬間――空気が凍りついた。


ざわめきが、ぴたりと止む。


視線が一斉に向けられ、そして慌てて逸らされる。


昨日まで笑いかけてくれていた女学生たちも、どこか距離を置くような目をしている。


好奇と疑念が入り混じった視線が、針のように刺さる。


ひそひそと交わされる抑えた声が、耳に届くたび、胸がちくりと痛んだ。


「魔力ゼロなんですって」

「四属性適性も嘘だったんじゃない?」

「魔力ゼロなのに、魔導機が反応するわけないわよねぇ」


……ああ。


もう、知られてしまったんだ。


魔力ゼロだということ。


覚悟はしていた。けれど。


やっぱり、少しだけ――寂しい。


俯きかけた、そのとき。


コツ、コツ、と規則正しい靴音が響く。


「ごきげんよう。昨日はいかがなさいましたの?」


澄ました声が、教室中に広がった。


マリエッタが、優雅に微笑んで立っている。


「まさか魔力がゼロだったなんて。そんな方が入学できているほうが、不思議ではありませんこと?」


くす、と扇子の陰で笑う。


「四属性適性があったというのも、間違いだったのではなくて?」


「あるいは……」


わずかに首を傾げる。


「注目を浴びたくて、魔導機に細工をなさったとか?」


周囲から、小さな笑いが漏れる。


「私はそんなことしていないわ!」


思わず声が強くなる。


魔力ゼロなのは事実。


でも。


適性検査を“偽物”のように言われるのは、耐えられなかった。


「でしたら」


マリエッタは顎を上げる。


「なぜ魔力ゼロなのに、魔導機が反応したのか――ご説明なさって?」


言葉が、詰まる。


言い返せない。


そのとき。


「授業を始める。席につきなさい」


低く落ち着いた声が響いた。


教師が入ってきたのだ。


ざわめきは収まり、生徒たちはそれぞれ席へ戻る。


――疑いを、訂正できないまま。


「基本的に魔法とは、イメージを魔力によって具現化したものです」


淡々と講義が始まる。


「イメージを固定するために、詠唱や魔法陣が存在します」


黒板に描かれていく理論。


けれど胸の奥がざわついて、集中できない。


「杖や魔石、魔導書を使用する場合は必ず届け出ること。授業外で他者に魔法を使用してはなりません」


鐘の音が鳴る。


緊張がほどけるように、教室が再びざわめき始めた。


……放課後は、図書室へ行こう。


王立学院の蔵書なら、何か手がかりがあるかもしれない。


今は、できることをするしかない。


フィリアは鞄を抱え、足早に教室を後にした。

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