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12 揺れる青と、翡翠の独占


暗闇の中、シクシクと小さな泣き声が響く。


静かで、胸の奥に染み入るような、儚い音。


声のする方へそっと歩み寄ると、ひとりの少年が膝を抱えてうずくまっていた。


「大丈夫?」


声をかけると、少年がゆっくり顔を上げる。

黒い瞳が、こちらを捉える。


「……ルルティア?」


期待が一瞬だけ灯り、すぐに消える。


「……ごめん。違う人みたいだね」


また俯くその姿が、ひどく寂しそうで、フィリアの胸が締め付けられた。


「よかったら、話聞くよ?」


フィリアは少年の隣に腰を下ろした。


「私はフィリア。あなたは?」


「……僕はノクト。


ここで、待ってるんだ」


「…待つのって、つらいよね」


闇だけが広がる空間を、二人で見つめる。


「うん。でも、必ず迎えに来てくれるから」


信じている。


けれど、その瞳の奥に揺れる不安は、隠しきれていなかった。


――フィリア!


遠くから、懐かしい声が呼ぶ。


「お姉さんのお迎えが来たみたいだよ」


「一緒に来ない?」


ノクトは小さく首を振った。


「ルルティアが、きっと来てくれるから」


小さく手を振る。


光が満ちていく。


そして、目が覚めた。




「……ここは?」


今まで寝たことのないほど柔らかいマットレス。


触り心地の良い掛け布団。


棚の上に置かれた花瓶には、一本の茎から無数の白い花が連なるように咲き、甘美で濃厚な香りを漂わせている。


――月下香。


部屋全体が上質なもので埋め尽くされていて、フィリアは呆然とするしかなかった。


まるで天国に迷い込んだような錯覚に陥る。


「あら、目が覚めたのね」


柔らかな声。


振り返ると、メイド服の女性が微笑んでいた。


「あの……ここは……?」


「王立付属病院の特別室よ。

あなた、すごく愛されてるのね」


そう言ってくすりと笑う。


遠くから、トットッと足早に近づく足音が聞こえてきた。


「あなたが倒れてから、学院に行く前と放課後に毎日会いに来てくれてるの。ふふっ、ごゆっくりね」


ドアが開く。


そこに立っていたのは、

目を見開いたエルヴィンだった。


みるみるうちに表情が崩れ、破顔する。


駆け寄り、フィリアを強く抱きしめた。


「目が覚めてくれて……よかった」


その指先が、カタカタと震えている。


「君を守るだなんて言ってたのに。

間に合わなくて、本当にごめんね」


今にも泣き出しそうな声。


「ううん、エルヴィン様は助けに来てくれました。


だってあの時、力尽きて倒れた瞬間……エルヴィン様の香りがしたから、安心して眠っちゃったんです。


だから、エルヴィン様は私のヒーローです」


フィリアは震えるエルヴィンの頭を、ゆっくりと撫でた。


柔らかくてクセのない髪が、指の間をすっと滑る。


何度も撫でているうちに、震えが少しずつ収まっていく。


そして、


エルヴィンが耳元で息を吸う。


「フィリアは、美味しそうな桃の匂いがするんだね」


イタズラを含んだ甘い声。


「!?」


恥ずかしさと驚きで、エルヴィンを押し返す。


「じゅっ……授業が始まっちゃいますよ!」


むぅっと頬を膨らませるフィリアに、エルヴィンはくすりと笑った。


「そうだね。また後で会いに来るよ。


ヴェルナ嬢にも、起きたことを伝えておくね」


「! ヴェルナは! ヴェルナは元気なんですか?」


「フィリアのおかげで、大きな怪我はないよ」


フィリアは大きく息を吐き、安堵の笑みを浮かべた。


「まだ起きたばかりだから、ゆっくり休んでね」


優しく言い残し、エルヴィンは部屋を後にした。



お昼過ぎ。


コンコンと控えめなノック。


「どうぞ、お入りください」


入ってきたのは、保健医のクラウス先生だった。


「体の調子は?」


「えぇ、もう元気です!」


そう答えると、先生は小さく安堵の息を漏らした。


「早速だが、魔獣討伐訓練中に起こったこと、ヴェルナ君から聞いた。

君の能力について、確かめたいことがある」


そう言いながら、流れるようにフィリアの手を握る。


「今から私の魔力を送る。

なるべく体に貯めるイメージを持ちなさい」


触れた手のひらから、ひんやりとした水のような感覚が流れ込む。


それは身体を巡り、腹の奥へと集まっていく。


「失礼」


先生は片手をお腹に当てた。


「ひゃっ!」


突然の感触に体が跳ねる。


先生は真剣な表情で魔力の流れを探っている。


「次はこちらから魔力の供給を止める。

繋いだ手から、魔力を吸い上げてみなさい。」


魔力を吸い上げる……。


イメージすると、再び魔力が流れ込んでくる。


お腹の奥に、とぷん、とぷんと染みるように。


手を繋がれ、お腹を触られている状況に、

顔がみるみる熱くなる。


集中できないよぉ……。


「では、今度は自分に溜まっている魔力を流す感覚で」


体の奥から、注ぐように。


とく、とく、と。


魔力が先生へ移る。


力が抜けるような感覚に身体がふわっとする。


さっきまで満たされていたものがなくなる。


『……切ない。

もっと、埋めてほしい。

そんな、はしたない衝動に体が疼きそうになる』


これは…ダメかも…。


恥ずかしさの限界が近づいた瞬間、先生が口を開いた。


「なるほど。これは非常に興味深い能力だ」


興味深そうに微笑む。


「今なら、魔法を発動できるかもしれない。

何か試してくれないか?」


――!


確かに、お腹にまだひんやりとした魔力が残っている。


「ウォーター!」


唱えると、水の球が掌に浮かんだ。


「先生!すごいです!!指輪なしで、魔法が……!」


喜びに目を輝かせるフィリアに、先生は静かに説明を始めた。


「君は非常に稀な『魔力媒介者』の素質を持っている。


他者の魔力を受け入れ、相手の属性に合わせて変換し、渡すことができる。


さらに、相手が受け入れていれば魔力を吸い取ることも可能だ。


ただし、今のところ、身体のどこかで接触していることが条件のようだ」


そして、少し間を置いて続ける。


「課題は、もらった魔力を『貯めておく』ことか。

私が渡した魔力が、すぐにどこかへ流れていってしまう」


「落ち着いた時に、貯める練習をしよう」


先生は背を向け、呟くように言った。


「魔物が増えている今、いざという時のために……魔力共有の授業が必要かもしれないな……」


何か考えがまとまったようで


「では、また学院で」


静かに去っていった。



夕刻。


朝と同じ足音が近づいてくる。


「フィリア!」


扉を開けたエルヴィンが、凍りついたような顔をした。


「どうしたの?」


フィリアが周りを見回すが、何もない。


エルヴィンはフィリアをじっと見つめる。


いつもの控えめなピンクブロンドを基調としたオーロラ色の髪。


その中に、水色が少し強めに煌めいている。


灰青の瞳にも、淡い青が薄く宿っていた。


その色には見覚えがある。


「……クラウス先生か」


低い声で呟く。


「あ、そうなんです。先程いらっしゃって――」


答えを口にした瞬間、エルヴィンの表情が一変した。


瞳から光が消え、翡翠色がどす黒く濁った。


怒りに震え、我を失ったようにフィリアに近づく。


両肩を強く掴む。


「フィリア、何をされたの?


魔力でも渡されたの?


ねぇ、答えて!」


ぎりりと力がこもる。


「いたっ!」


痛みに顔を歪めるフィリア。


エルヴィンははっと手を離した。


目の前には、怯えたフィリア。


エルヴィンの喉が震える。


「……ごめん」


思わず目を逸らす。


「僕以外の魔力が、君の中にあるのが」


言葉が詰まる。


「……嫌、だったんだ」


子供のような、独占。


そして、しばらくの沈黙。


エルヴィンはそっと尋ねる。


「クラウス先生の魔力を、身体に通したの?」


フィリアは静かに頷く。


「どうやって?」


「手を繋いで……」


言葉を遮るように、エルヴィンがそっと両手を繋いだ。


手の甲をそっと撫でた後、

そっと口づけた。


「上書きさせて?」


低く、甘く、切なげに囁く。


エルヴィンのその鋭く、熱い視線に、

フィリアは頷くことしかできなかった。


暖かくて柔らかい魔力が、

ゆっくりと流れ込んでくる。


一つ一つ奥まで確かめるように。


胸が春風に撫でられるようにくすぐったい。


優しく身体を包まれ、ゆっくりと深く馴染んでいく。


……気持ちいい


胸が熱く、顔が火照る。


チラリとエルヴィンを見ると、


愛しいものを見るような、深い瞳。


恥ずかしくて目を逸らすと、


逃がさないと言うように、指先が絡む。


「ダメ。こっちを見て」


静かに、でも強く言われる。


水色の残滓を包み込み、溶かし、染め替えるように。


髪の淡い青が消え、翡翠が深く滲む。


瞳が、翠色に満ちていく。


エルヴィンは息を吐いた。


「……これでいい」


恍惚にも似た安堵が、エルヴィンの瞳に宿った。


「もう、僕以外に魔力を満たしちゃダメだよ」


優しい声。


でも、どこかすがるような、震える響き。


フィリアは、その声の奥にある深い思いに――


まだ、気づいていなかった。

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独占欲剥き出しにしてきていい感じに!
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