11 静寂の森と、蒼嵐の咆哮
「それでは、先日決めたペアで魔獣討伐にあたる。この一帯に出るのはFランクとはいえ、魔獣は魔獣だ。気を引き締めるように」
監督官が厳しい視線を巡らせる。
「討伐後は証拠となる魔石、角、爪などを必ず回収すること。なお、我々は周囲を巡回しているが、基本的に手助けはしない。君たちの力でやり遂げなさい」
小さな円筒を掲げる。
「負傷、あるいは討伐困難と判断した場合は即座に信号弾を撃て。ためらうな。――以上。健闘を祈る」
長い説明が終わると同時に、
フィリアは辺りを見回した。
「フィリア! あなたがペアで本当に良かったわ!」
ヴェルナが弾けるように駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きついてくる。温かくて、少し甘い香りがした。頼もしい味方がいてくれて、心から嬉しくなった。
森の中は、酷く静かだった。
鳥の声が一切しない。足音だけがざっざっと枯れ葉を踏む音を立て、妙に大きく響く。
……普段の森って、こんなに静かなのかしら?
違和感を覚えながらも、二人は奥へと進んだ。
「ねぇねぇ、魔獣って何体でも討伐していいのかしら?」
ヴェルナの声が弾む。目に闘志が燃えている。
「まずは一体って監督官が言ってたよ?」
「え〜、つまらないわ」
ヴェルナが頬を膨らませる。
その瞬間。
遠くで、何かが動いた。
◆
森が静かすぎる
――なぜ誰も気づかない。
エルヴィンはペアの学生――リリアナと共に歩きながら、胸のざわつきを抑えきれなかった。
フィリアに何かあれば――その考えが頭を離れない。次第に歩調が速くなる。
「もうちょっとゆっくり歩いてもらえますかぁ?」
リリアナが不満げに甘ったるい声で言う。
せっかく春風の君とペアを組めたのに、とでも言いたげな態度。
苛立ちが募る。
「エルヴィン様って、どんな女の子が好きなんですか〜?」
間延びした声。状況をまるで理解せず、自分のことしか頭にない。
舌打ちを噛み殺し、足を速めたその瞬間――
「危ないっ!!」
鋭い爪がリリアナに向かって振り下ろされる。
咄嗟に庇い、エルヴィンの左腕に熱い痛みが走った。血がすうっと流れ落ちる。
「え、エルヴィン様……血、血が……」
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
リリアナが顔を真っ青にして取り乱す。
「騒ぐなっ、信号弾を!」
「いやぁぁぁぁ!!」
聞く耳を持たない。苛立ちが頂点に達する。
気持ちを切り替え、襲ってきた相手を見据えた。
グレイウルフ。
灰銀色の体毛に風を纏い、こちらを品定めするようにゆっくりと距離を取っている。
――ランクD帯の魔獣がなぜここに!?
驚愕を読み取ったのか、グレイウルフが高速で距離を詰めてくる。
「ふざけるなぁぁ!」
風刃を一閃。魔獣の跳躍に合わせ、完璧なタイミングで真っ二つに斬り裂いた。
その瞬間、遠くで爆炎が上がり、轟音が森を揺らした。
――今のはヴェルナ嬢か!? フィリア、無事でいてくれ!
信号弾を放ち、リリアナを木陰へと移す。
そして爆音の方向へ全速力で駆けていった。
◆
「はぁ……はぁ……」
息が荒い。
「私たちが、一番、倒してるんじゃない?」
ヴェルナが息を切らしながら笑う。
だが、その声には少し無理がある。
グレイウルフの群れに当たってしまい、もう何匹倒したかわからない。
指輪の魔力量は半分以下にまで落ち、くすんだ光しか発していない。これ以上は本当に持たないかもしれない。
ヴェルナが攻撃、フィリアが牽制と防御を担当。
二人の連携で、グレイウルフは迂闊に近寄れなくなっていた。
――このまま膠着状態が続けば……
そのとき。
空気が変わった。
群れが左右に割れる。
現れたのは、一際大きな体躯。
灰銀の毛並みに、蒼い雷光が走る。
――蒼嵐牙ヴァルグレイ。
ランクC。
「うそ、でしょ……」
ヴォオオオオオォォォォン――!!
咆哮と共に、稲妻を纏って突進してくる。
不規則なタイミングで雷撃が二人を襲う。
フィリアは真上から落ちる稲妻を一つずつ防ぐ。
「ヴェルナ! 攻撃を!」
ヴェルナが火球を何度も放つ。
当たらない。
速さが違う。
「なんで! なんでよ!!!」
焦りが声に滲む。
「これならっ! ファイアーオール!」
フィリアが炎の壁を展開し、自身へ迫るヴァルグレイを迎え撃つ。
しかし――
ヴァルグレイは炎の壁を躊躇なく飛び越え、ヴェルナへ狙いを定めた。
「危ないっ!」
フィリアが前に出て防御魔法の壁を張る。
ガリガリガリッ!
爪が何度も壁を引っ掻く。
一撃ごとに魔力の指輪が目に見えて輝きを失っていく。
「ヴェルナ! 魔法を!」
振り向くと、ヴェルナは恐怖で体をガタガタ震わせ、杖を握ったまま固まっていた。
声をかけても、まるで聞こえていないようだった。
瞳が揺れ、唇が震え、足が動かない。
――どうしよう? どうすればいいの?
頭が真っ白になる。
そして、
バリンっ!
防御魔法が砕け散った。
視界いっぱいに恐ろしい形相の怪物が飛びかかってくる。
ヴァルグレイの一閃が、フィリアの肩から胸にかけて深く裂き、血が噴き出した。
体が後方へ吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「フィリアァァァァァ!!!」
ヴェルナが泣き叫びながら駆け寄る。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
フィリアを抱きしめ、強く強く抱きついて、震えながら繰り返し謝る。
涙がフィリアの頬を濡らす。
その腕の中で、ヴェルナの体温が、暖かさが、フィリアに伝わってくる――。
薄れゆく意識の中、フィリアは最後の力を振り絞って魔法陣を展開した。
(お…ねがい……発動して……)
指輪はほとんど色を失っている。
血の温かさと、もう一つの暖かい流れを感じながら、
魔法が解き放たれた。
轟音が響き、森が白く焼け焦げる。
そこでフィリアは意識を失った。
◆
一帯が焦土と化していた。
駆けつけたエルヴィンが見たのは、
無数のグレイウルフの焼け焦げた死体と、
蒸し暑い熱気の中、
倒れているフィリアと、
彼女にしがみつき、泣き崩れるヴェルナの姿だった。
「フィリア!!」
「ヴェルナ嬢、一体何があったんだ? これは君がやったのか?」
聞いても、ヴェルナはただ震えて泣くだけ。
「このままでは危ない」
風が巻き起こる。
二人を抱え、エルヴィンは森を駆けた。
その瞳に宿るのは――
静かな怒りだった。
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