表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/103

第88話 理不尽な非難

挿絵(By みてみん)


 ヒール屋が、8歳になったばかりの少女アリスを囮とし、完璧な迎撃態勢を敷いてから数日が経過していた――。


 港区のヒミコの屋敷内は、春の陽気とは裏腹に、息が詰まるほどの濃密な緊張感に包まれていた。

 それもそのはずである。アリスの周囲には、文字通り『世界最強の盾』と呼ぶべき三人の護衛が、片時も離れることなく配置されていたのだ。


 空間そのものを断ち斬る白き魔剣を宿し、一切の予備動作なく神速の斬撃を放つ剣崎。

 ひとたび魔力を解放すれば、周囲一帯を瞬時に消し炭に変えるほどの異常な熱量を誇る三上。

 そして、いかなる物理干渉も、悪意すらも透過させない『絶対防御』の異能を持つ真壁楓!


 極限まで計算高く、己の知能に絶対の自信を持つ知能犯だからこそ、遠巻きにその陣容を観察しただけで即座に悟ったのだ。

 ヒール屋の護衛を物理的に突破することなど、どれほど綿密な計画を練ろうとも絶対に不可能であると。


 その代わり、犯人は警察の警備が手薄な死角を突き、アリス以外の無関係な幼児を立て続けに誘拐した。そして、まるで見せつけるかのように猟奇的な装飾を施し、痛ましい遺体として遺棄したのである。

 防犯カメラの死角を縫い、指紋一つ残さない完璧な犯行。

 直後、マスコミ各社には新たな犯行声明文が送りつけられた。そこには、無能な警察と、出しゃばった聖女教を完全に出し抜いたという、犯人のひどく歪んだ優越感と嘲笑がこれでもかと綴られていた。


          ◇


 リビングの大型テレビでは、朝から晩まで連日この凄惨な事件が報じられている。

 画面の中で、看板番組の大人気女性アナウンサー・水瀬栞みなせ しおりが、ひどく沈痛な面持ちで、手元のフリップに書かれた猟奇的な声明文を読み上げていた。


『――天使たちを、汚れた大人たちの世界から解放する。以上が、犯人から新たに送られてきた犯行声明の全文です』


 カメラを見つめる水瀬の表情は、痛ましい事件に心を痛める、知的で思いやりに満ちたものだった。眉をわずかに寄せ、潤んだ瞳で被害者への哀悼を捧げるその姿は、視聴者の心を強く打つ。

 だが、その慈愛に満ちた完璧なアナウンスが、皮肉にも日本中の恐怖をより一層煽り立てていく。


 テレビの前の誰もが、彼女の真摯な言葉に頷き、彼女の悲しみに共感していた。


 新たな犠牲者が出たことで、日本中に蔓延していたパニックは、やがて激しい怒りへと変わる。そして、その矛先は捜査に介入したヒール屋へと一斉に向けられた。


 連日、テレビのコメンテーターやSNSは声高に叫ぶ。


『聖女教は、自分たちの箱入り娘を守っているだけじゃないか!』


『警察が素人のオカルト集団なんかに頼ったせいで、犯人を刺激して被害が拡大したんだ!』


『今すぐ聖女教は捜査から手を引け!』


 その理不尽な怒りは電波を越え、物理的な暴力となってヒール屋の重厚な門の前にも押し寄せていた。

 連日、マスコミのフラッシュが瞬き、プラカードを掲げた抗議の群衆が罵声を浴びせている。


「くっ……!」


 門の前に立つ真壁楓が、冷徹に『絶対防御』の透明な盾を展開し、暴徒の侵入や投げ込まれる石を完璧に弾き返している。

 だが、プロとして無表情を貫く凛とした彼女の横顔にも、守るべき小さな命が理不尽に奪われていくことへの、どうしようもない悔しさが滲み出ていた。


 窓の外で渦巻く喧騒をリビングから眺めながら、アリスはぎゅっと小さな唇を噛みしめる。


「私のせいで、他の子が……っ。私がもっと、上手におびき出せていれば……」


 気高い黄金の光を宿していた彼女の美しい瞳が、深い自責の念で痛ましげに揺れる。自分が囮として機能しなかったせいで、無関係な子供たちが犠牲になった。8歳の少女が背負うには、あまりにも重すぎる十字架だった。

 隣でニュースを見ていたレイナも、苛立たしげにクッションを殴りつける。


「あーもう、ムカつく! テレビや外の連中は勝手なことばっかり言って!」


 重苦しい空気がリビングを支配する中。

 ヒミコが静かにアリスの隣に座り、その震える小さな手に、そっと自分の手を添えた。


「ん。アリスのせいじゃない」


 ヒミコのフラットな声が、アリスの心に直接響く。


「悪いのは、隠れてる汚いお化け。アリスは、何も悪くない」


 不器用だが、そこには一切の疑いを挟ませない、絶対的な安心感を持つ聖女の優しさがあった。

 ヒミコの温かな手のひらに触れ、アリスの瞳から張り詰めていた涙がポロリとこぼれ落ちる。


          ◇


 同じ頃、ヒール屋最上階の理事長室。

 警察庁の幹部が、額に脂汗を浮かべ、青ざめた顔で源田壮一郎に深く頭を下げていた。


「源田理事長、もう世論がもちません! このままでは警察の威信も地に墜ちる! どうか、どうか表向きだけでも捜査から手を引いていただきたい……っ!」


 懇願する幹部。しかし、大きな革張りの椅子に深く腰掛けた源田は、無表情のまま手元の資料を見つめ、無意識に自身の右膝をトントン、トントンと軽く叩いていた。

 世間の身勝手なバッシングなど、源田にとっては耳障りなノイズですらない。窓の外で騒ぐ群衆も、テレビで騒ぎ立てるコメンテーターも、彼にとっては盤上の無価値な駒に過ぎなかった。


 源田の頭脳はすでに、犯人の行動パターンの変化から、そのひ弱な心理状態を完全に読み切っていたのだ。


「……断る」


 源田は警察幹部に、絶対零度の声で冷酷に言い放つ。


「犯人は声明文で大層な御託を並べ、マスコミはそれを持ち上げているがな。奴の承認欲求は今、最高潮に達しているだろう。だがその本質は、我々の強固な護衛から逃げ回るだけの、惨めなコンプレックスの塊だ」


 源田は資料を机に放り投げ、剥き出しの鋭い眼光で警察幹部を容赦なく射抜いた!


「奴は己を『誰も捕まえられない完璧な存在』だと錯覚している。ならば、その肥大化したプライドを根元からへし折り、自ら死地へと足を踏み出させてやればいい」


「へ、へし折る……? 一体どうやって……」


 幹部が震える声で尋ねると、源田の口角が三日月のように吊り上がる。

 それは、獲物を確実に仕留める罠を思いついた、冷酷無比な策士の笑みだった。


「奴に、極上の隙を作ってやる。――今夜の全国ネットの報道番組を手配しろ」


 世間の非難すらも利用し、安全な地下室で傲慢にふんぞり返る知能犯を自ら引きずり出す。

 無敗の弁護士が、反撃の最悪な罠を冷徹に仕掛けた瞬間だった。



少しでも「面白かった!」「続きが気になる!」と感じていただけたら、下の【★★★★★】と【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、執筆速度が爆上がりします。

何卒、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ