第59話 神なき世界の「再臨」
アメリカ合衆国国防総省の地下深くに位置する大統領作戦センター(PEOC)。
世界最強の権力を握るはずの合衆国大統領は今、血の気を失った青ざめた顔で、壁一面に広がる巨大なモニター群を凝視していた。
画面には、CNNやFOXニュースをはじめとする全米の主要ネットワークの緊急特別番組が映し出されている。どのチャンネルも、世界各地で目撃された天を貫く「純白の光の柱」――ヒミコの放った『聖滅』の映像を狂ったように繰り返し再生していた。
キャスターたちは皆一様に言葉を失い、ある者は震え、ある者は祈るように手を組んでいる。それはもはや科学的現象の報道ではなく、人類が初めて目の当たりにした「物理的な神罰」、あるいは「絶対的な救済」の証明であった。
「……長官。状況を、正確に説明してくれ。私の耳がおかしくなったのでなければ」
大統領のひどく掠れた声に、傍らに立つCIA長官と国防長官が重々しく口を開いた。彼らの顔にも、隠しきれない絶望の色が張り付いている。
「大統領閣下。衛星データ及び現地の工作員からの報告は、すべて同じ結論を示しています。連邦国が保有していた5,459発の核弾頭は……熱源反応も、放射線の漏洩も一切伴わず、文字通り『消失』しました」
「消失……だと?」
「はい。爆発すらさせてもらえなかった。まるで、この宇宙の法則から初めから存在しなかったかのように、完全に消し去られたのです」
大統領は、革張りの椅子に深く沈み込んだ。
冷戦時代から半世紀以上にわたり、大国が血の滲むような思いで築き上げてきた「核抑止力」という世界の均衡。それが今、音を立てて崩れ去ったのだ。
アメリカが誇る数千発のミニットマンやトライデント・ミサイルも、彼女の前では単なる「高価な金属のゴミ」にすぎない。武力による恐怖支配という、国家の根幹を成す前提が消滅した瞬間だった。
「……軍事衛星の映像を出せ。発信源を特定したのだろう」
大統領の命令により、メインモニターの映像が切り替わる。
宇宙空間から極限までズームアップされたクライ国の荒野。そこには、泥濘の中に立ち、ただ静かに天を指す一人の純白の少女が映し出されていた。
「これだ……これが、たった一人で世界中の核を消し飛ばしたというのか」
モニターの中の無垢な少女を見つめながら、大統領の全身を粟立つような悪寒が駆け巡った。
救世主の出現を手放しで喜ぶことなど、世界の王たる彼にできるはずがなかった。彼が感じているのは、自分たちでは決して管理することも、殺すこともできない「絶対的な力」への根源的な恐怖だ。
「……これは軍事衝突でも、未知の科学的現象でもない。……『再臨』だ」
大統領は震える手で顔を覆った。
もし、この少女が「悪意だけを消滅させる存在」だと世界中の民衆が知ればどうなるか。人々はもはや国家や政府の庇護を求めず、彼女のもとへ救いを求めて暴動を起こすだろう。法律も、国境も、既存の国家秩序も、すべてが崩壊する。
世界最強の軍隊を持っていようと、神を止めることはできない。ペンタゴンの地下深くで、大統領はかつてない激しいパニックの淵へと突き落とされていた。
◇
その頃。
絶対的な抑止力を失い恐怖に震える各国の首脳陣とは対照的に、インターネットの世界はかつてない狂乱の渦に包まれていた。
世界中のサーバーが物理的な悲鳴を上げ、ダウンと復旧を繰り返す中、日本の巨大匿名掲示板では秒単位で凄まじい数の書き込みが濁流のように流れていった。
【速報】連邦国の核、ガチで消滅【救世主降臨】
1 名前:名無しさん
おい見ろ、空から光の柱立ってるぞwwwww
2 名前:名無しさん
連邦国の核、一瞬で全ロスしたってマジ?
3 名前:名無しさん
CNN見てるけどガチっぽい。発射サイロから弾頭だけ消えたらしい
4 名前:名無しさん
【悲報】グロモフ、泡吹いて失神
5 名前:名無しさん
独裁終了のお知らせwwww
6 名前:名無しさん
てかあの光の発信源の映像出たけど、どっかで見たと思ったら東京の『ヒール屋』じゃねーか!
7 名前:名無しさん
は?あの白髪のロリ?
8 名前:名無しさん
どんな重病でも一万円で治すやつだろ。核も一万円で消滅させんのかよコスパ最強すぎて草
9 名前:名無しさん
一万円で核消滅は草生える
10 名前:名無しさん
軍事株大暴落で俺の資産も一緒に聖滅したんだが?
11 名前:名無しさん
> > 10
> > お前の資産は元からゴミだろ
>
>
12 名前:名無しさん
笑い事じゃねーぞこれ。世界中の軍隊がただの案山子になったってことだろ
13 名前:名無しさん
マジで神降臨したわ。俺の病気も治してほしい
14 名前:名無しさん
これから毎日ツナマヨおにぎり供えるわ。ヒミコ様万歳
15 名前:名無しさん
国家とか法律とかもう意味ねーじゃん。聖女教の入信急げ
16 名前:名無しさん
アメリカもビビり散らかしてるらしいぞ。最強の軍隊(笑)
17 名前:名無しさん
ヒール屋のゲンさん、今頃とんでもない請求書作ってそうwww
18 名前:名無しさん
世界が終わるかと思ったら、一人の美少女に世界が救われた件について
19 名前:名無しさん
もう国境線とか要らなくね?全部ヒミコ様に統治してもらおうぜ
恐怖よりも「祭り」として未曾有の奇跡を消費するネット民たちの軽口。
しかし、その熱狂の裏には、誰もが「今まで信じてきた世界が根底から覆った」という底知れない不安と、新たな神への狂信的な崇拝が確実に芽生え始めていた。
国家の王が絶望の淵に沈む中、名もなき民衆たちは既存の権威の形骸化を悟り、新たな神話の誕生に酔いしれていたのだった。
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