表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/60

第49話 泥濘の再生

挿絵(By みてみん)


 クライ国軍用空港の「特設カウンター」から見える景色は、鉛色の空と、黒煙を上げる大地だけだった。


 連邦国による侵攻開始から、丸4年が経過していた。

 当初、数日で終わると予想されていた「特別軍事作戦」は、いまや21世紀最大かつ最悪の泥沼の消耗戦へと変貌していた。


 東部および南部の戦線。

 そこは地図上では数ヶ月間、ピクセル単位の変化しか起きない膠着状態にあった。だが、その実態は「肉挽きミートグラインダー」と呼ばれる地獄だった。

 両軍が数キロに渡って掘り進めた塹壕。

 降り注ぐ砲弾の雨。

 波状攻撃を繰り返す歩兵たちが、機関銃とドローンの標的となり、肉片となって泥濘でいねいに沈んでいく。

 連邦国の死傷者数は、この4年間で120万人に達したと推計されていた。

 もはや命は、作戦地図上のリソース(資源)として消費されるだけの数字に成り下がっていた。


          ◇


 さらに悲惨なのは、ここから北東へ数百キロ離れた国境地帯だ。

 クライ国軍が、将来の和平交渉のカードとして決死の覚悟で維持している「連邦国領内」の占領地域。


 そこは、文字通りの月面だった。

 かつての豊かな穀倉地帯は、無数のクレーターによってえぐり返され、自国領土の奪還に執念を燃やす連邦軍の猛攻に晒されていた。

 最新鋭の戦車が鉄屑となって燃え上がり、その横で第一次世界大戦さながらの泥臭い白兵戦が行われている。

 境界線付近は、極寒の雪によって凍りついた死体の山で埋め尽くされ、どちらが勝っているのかさえ判別不能なカオスと化していた。


          ◇


「……寒い」


 空港の滑走路で、ヒミコが息を白くさせた。

 気温はマイナス20度。

 だが、この寒さは自然のものだけではない。


 クライ国全土を覆う「暗闇」が、人々の体温を奪っていた。

 連邦軍は、前線の膠着を打破するために、後方のインフラ施設への飽和攻撃を継続していた。

 数百機の自律型攻撃ドローンと巡航ミサイルが、連日連夜、発電所や変電所を破壊し続けているのだ。


 暖房も、明かりも、水道も止まった都市。

 窓ガラスが割れたアパートで、老人が毛布にくるまり、凍えながら朝を待つ。

 その頭上を、不気味な羽音を立てて死神ドローンが飛び交う。


          ◇


「……色がない」


 レイナが、サングラスの奥で顔を歪めた。

 彼女の『心眼』に映る世界は、もはや正常な色彩を保っていなかった。


「120万人分の怨念と、今生きている人たちの絶望が混ざり合って……空全体が、ドロドロとした黒い粘液みたいな『すす』で覆い尽くされているわ」


 彼女が見ているのは、物理的な硝煙ではない。

 4年間にわたって積み上げられた、巨大な負の感情の集積だ。

 それは呼吸するだけで肺を焼くような、重苦しい閉塞感となって世界を圧迫していた。


「……おヒミコ。大丈夫か?」


 真壁が心配そうに声をかける。

 ヒミコは、おにぎりを握る手を止めていた。

 彼女は大地を見つめていた。かつて美しかったはずの黒土から、悲鳴のような振動が伝わってくる。


「……地面が、泣いてる」


 ヒミコがポツリと言った。


「政治とか、国とか、わからない。でも、ここはずっと痛いって言ってる。……壊れちゃうよ、このままじゃ」


 西側諸国からの支援。連邦国への制裁。和平への模索。

 それら大人の事情すべてが、この「人的消耗」という名の怪物の前では無力だった。

 ただひたすらに、人間と鉄がすり潰されていくだけの時間。


          ◇


「……だからこそ、商機がある」


 冷徹な声が響いた。

 源田壮一郎だ。

 彼はザハル将軍から受け取った戦況報告書タブレットを、まるで企業の決算書のように眺めていた。


「120万人が死に、さらに数百万人が寒さで死にかけている。インフラは崩壊し、物流は止まり、希望は底をついている」


 源田は、凍てつく戦場を見渡した。

 その目には、同情も恐怖もない。あるのは、巨大な市場を見つけたビジネスマンの計算だけだ。


「いいか、将軍。俺にとって、これは『人道危機』じゃない」


「な、なら何だと言うのだ……?」


「莫大な『潜在顧客』の山だ」


 源田は、タブレットをタップしニヤリと笑った。


 ザハル将軍は絶句した。

 この男は、地獄すらも「一万円」という規格でパッケージングしようとしている。


「……ヒミコ」


 源田が呼ぶ。

 ヒミコは、ゆっくりと立ち上がった。


「……ん」


「仕事だ。世界中の煤を集めてこい。一枚一万円で、すべて領収書を書いてやる」


 ヒミコは頷き、鉛色の空に手をかざした。

 その小さな掌から放たれる光だけが、この泥濘でいねいの中で唯一の、嘘偽りのない「希望」だった。



少しでも「面白かった!」「続きが気になる!」と感じていただけたら、下の【★★★★★】と【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、執筆速度が爆上がりします。


何卒、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ