第48話 ミサイルの雨
クライ国軍用空港の滑走路には、数千人の行列ができていた。
死にかけた兵士、手足を失った民間人。彼らは「日本政府払い」という実質無料の奇跡を求め、一縷の望みを託して並んでいる。
だが、その希望を踏みにじるように、空が黒く染まった。
ブゥゥゥゥゥン……!!
不快な高周波の羽音。地平線の向こうから押し寄せてきたのは、数千機にも及ぶ連邦軍の自律型攻撃ドローン群だった。
さらに、その後方からは長距離ミサイルの白煙が無数に立ち昇る。
「て、敵襲だぁぁぁ!!」
「逃げろ! ここは爆撃されるぞ!」
パニックが起きた。
列が乱れ、人々が散り散りになろうとしたその時。
「動くなァァッ!!」
爆音よりも腹に響く怒号が轟いた。
源田壮一郎だ。彼はパイプ椅子から立ち上がりもせず、ボールペンを指揮棒のように振るった。
「列を離れた奴の予約は無効だ! 命が惜しくて列を捨てるなら勝手にしろ。ただし、戻ってきても最後尾だからな!」
「あ、あんた正気か!? ミサイルが来るんだぞ!」
「それがどうした。店は営業中だ」
源田は冷酷に告げた。
そして、顎で騎士たちに合図を送る。
「真壁。騒音対策をしろ。客が怖がって商売にならん」
「……了解」
真壁楓が、滑走路の中央に進み出た。
彼女は迫りくる死の雨を見上げ、静かに両手を掲げた。
「『絶対防御』――展開」
カッ……!!
巨大な半透明のドームが、空港全体を包み込んだ。
直後、先頭のミサイル群がドームに激突する。
ドゴォォォォォン!! ズガガガガッ!!
太陽のような閃光。大地を揺るがす衝撃波。
だが、防壁の内側には――音一つ届かなかった。
爆風も、熱も、破片も、すべてが透明な壁に阻まれ、ただの映像のように弾け飛ぶだけだ。
「な……ッ?」
頭上で繰り広げられる地獄絵図と、肌に感じる無風の静寂。
そのあまりのギャップに、逃げ惑おうとした人々は足を止め、呆然と空を見上げた。
「……三上、剣崎。掃除の時間だ」
「へいへい、わかってますよ!」
三上翔が前に出る。
ドローン群はミサイルの爆発を迂回し、ハチの大群のように防壁の隙間を探して飛び回っている。
「右舷、仰角30度。ステルス機12機、高速接近中」
後方で椅子に座ったまま、レイナが淡々と座標を告げた。
彼女の『心眼』には、ドローンの電子回路が放つ「殺意の色」が、夜のネオンのように鮮明に見えている。
「視えたっ!」
三上が指先を向ける。
チュン、チュン、チュンッ!
正確無比な魔力ビームが、レイナの指示した空間を撃ち抜く。
何もないはずの空中で爆発が起き、ステルス迷彩を纏っていたドローンがバラバラになって墜落した。
「僕の推し(ヒミコ)の営業を邪魔するな! ファンサの時間はこれからなんだよ!」
三上はオタク特有の早口で叫びながら、百発百中の射撃でドローンを次々と撃ち落としていく。
だが、敵の数は多い。
後方から、大型の巡航ミサイルが防壁の死角を狙って迂回してきた。
「……剣崎」
「うむ」
剣崎蒼司は、抜刀の構えのまま動かなかった。
ただ、その切っ先がわずかに閃く。
「『空転』」
彼が刀を振るったのは、誰もいない空間だ。
しかし次の瞬間、遥か数百メートル離れた上空で、空間そのものがズレたように歪んだ。
ザンッ――!!
飛来していたミサイルが、唐突に真っ二つに切断され、空中で誘爆した。
斬撃だけを空間転移させる、剣崎の秘剣だ。
「……羽虫が鬱陶しいな」
剣崎は再び刀を振るう。
今度は横薙ぎに。
すると、群れをなして突っ込んできたドローン数百機が、見えない刃に薙ぎ払われ、一斉に両断された。
◇
防壁の内側。
そこは、外の喧騒が嘘のような静けさに包まれていた。
「……はい、次の方」
源田は、頭上で炸裂する爆炎を一度も見上げることなく、事務作業を続けていた。
目の前の兵士は、ガタガタと震えながら空を見上げている。
「な、なんなんだここは……神の国か……?」
「ただの店だ。ほら、名前と階級。字が震えて読めんぞ、書き直せ」
「は、はいッ!」
兵士は源田の威圧感に気圧され、慌ててペンを走らせる。
その横で、ヒミコは新しいおにぎりの包みを開けていた。
中身は焼き鮭だ。
「……ん。きれい」
ヒミコは、空中で花火のように散るドローンの残骸を見上げ、パクついた。
「ゲンさん、お空がピカピカしてる」
「ああ。害虫駆除の光だ。……お前は食ったら働け」
「うん。……おじさん、お掃除」
ヒミコの手が光る。兵士の傷が癒える。
その間も、空からは鉄屑の雨が降り注いでいるが、真壁の防壁が一粒たりとも内側には入れない。
◇
数分後。
空を埋め尽くしていたドローンとミサイルの群れは――撤退することなく、全滅していた。
滑走路の周囲には、うず高く積まれたスクラップの山が出来上がっていた。
「……ふぅ。片付いたか」
剣崎が刀を納め、三上が指先の煙を吹く。
レイナがサングラスの位置を直し、真壁が防壁を解いた。
静寂が戻る。
列に並んでいた数千人の人々は、言葉を失っていた。
最新鋭の兵器群が、たった四人の人間に蹂躙されたのだ。
恐怖は消え、代わりに猛烈な安堵と熱狂が広がる。
ここは安全だ。この受付カウンターの前こそが、地球上で最も安全な場所なのだ。
カチリ。
源田が数取器を鳴らした音だけが響いた。
「……よし、今の弾薬費と防衛手当は『店舗維持管理費』として計上だ。ドローン一機につき一万円、ミサイルも一発一万円で請求しておくか」
源田は、震える兵士から名簿をひったくった。
「はい次、一万円。どうぞ」
「あ、ありがとうございますぅぅぅ!!」
兵士は泣きながら、治療台――もとい、ヒミコの前のパイプ椅子へと飛び込んだ。
営業再開。
どんな攻撃も、「一万円の商売」を止めることはできなかった。
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