表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/60

第47話 焦土のレセプション

挿絵(By みてみん)


 キィィィィィン……。


 金属的な音を響かせ、日本国政府専用機がランディングギアを下ろした。


 クライ国首都近郊、第3空軍基地。

 かつては国際空港だったその場所は、いまや瓦礫とスクラップの墓場と化していた。

 滑走路の脇には、爆撃で天井が抜け落ちたハンガー(格納庫)が並び、その隙間を縫うように、負傷兵を満載した軍用トラックが列をなしている。


 プシューッ。

 タラップが降り、最初にその土を踏んだのは、小柄な少女だった。


「……ん。くさい」


 ヒミコが鼻をひくつかせた。

 漂ってくるのは、火薬と、錆びた鉄と、腐敗しかけた血の匂い。

 彼女には、その光景が物理的な破壊以上に、大地全体を覆い尽くす分厚い「すす」として見えていた。


「……煤が、喉に刺さる。ここ、お掃除しがいがあるね」


「感傷に浸っている時間はないぞ。仕事だ」


 続いて降りてきた源田が、革靴で瓦礫を踏み砕いた。

 その背後には、緊張した面持ちの三上、真壁、レイナ、そして剣崎が続く。


「おお……! 待っていたぞ! 日本の救世主たちよ!」


 滑走路の向こうから、迷彩服を着た初老の男が駆け寄ってきた。

 クライ国軍の司令官、ザハル将軍だ。

 彼は源田の手を握ろうと、泥だらけの手を伸ばした。


「感謝する! 我が軍は壊滅寸前だ! すぐに野戦病院へ来てくれ! 重傷者が数千人、手足をもがれた者が――」


「あー、ストップ」


 源田は、将軍の手を無視し、冷淡に掌を突き出した。


「三上、真壁。アレを出せ」


「へ? こ、ここでですか?」


「当たり前だ。店を開くぞ」


 源田の指示で、三上が機内から折りたたみ式の長机とパイプ椅子を運び出した。

 真壁が慣れた手つきで、その上に『受付』と書かれたプラスチックの看板と、分厚い顧客名簿、そしてボールペンを並べる。

 戦場に似つかわしくない、あまりにも事務的な「特設カウンター」が、滑走路のど真ん中に爆誕した。


「……な、何をしているのだ?」


 ザハル将軍が目を白黒させる。

 砲撃音が遠くで響く中、源田はパイプ椅子にドカッと座り、足を組んだ。


「見ればわかるだろ。受付だ」


「う、受付だと!? 兵士たちが死にかけているんだぞ! そんな悠長なことをしている暇が――」


「暇はある。治療を受けたいなら、まずはこの名簿に名前と所属部隊、認識番号を記入させろ。列を乱す奴は後回しだ」


 源田の声は、砲撃音よりも低く、重く響いた。

 周囲を取り囲んでいた負傷兵や避難民たちが、ざわめき始めた。


「書類だと……?」


「俺たちは死にそうなのに、手続きをしろと言うのか!」


「金なんて持ってないぞ!」


 怒号が飛び交う。殺気立った兵士の一人が、銃に手をかけようとしたその時。

 源田が、拡声器も使わずに言い放った。


「安心しろ。金は取らん」


 ピタリ、と場が静まる。


「お前たちの治療費一万円は、日本政府が全額負担することになっている。つまり、お前たちにとっては『実質無料』だ」


 実質無料。

 携帯電話の契約のようなその言葉が、戦場という極限状況で奇妙に響く。


「だがな、俺にとっては一人一万円の『商売』なんだよ。日本政府に請求書を送るためには、治療した人間の正確な記録が必要だ。一文字たりとも漏らさん」


 源田は名簿をバンと叩いた。


「タダで命を拾いたいなら、四の五の言わずに書け。書いた奴から順に、ヒミコの前に進め。以上だ」


 圧倒的な「商売人」としてのオーラ。

 ザハル将軍は呆気にとられ、そして震える声で部下たちに命じた。


「……き、聞いたか! 全軍、整列しろ! 筆記用具を持て! 名簿に記入した者から順に前へ!」


          ◇


 奇妙な光景だった。

 地獄のような戦場の只中で、兵士たちが律儀に一列に並び、ボールペンを握りしめている。


「……次」


 記入を終えた若い兵士が、おずおずとヒミコの前の椅子に座った。

 彼の左腕は肩から先がなく、包帯は鮮血で濡れそぼっていた。


「い、痛い……助けてくれ……」


「……ん」


 ヒミコは、頬張っていたいくらのおにぎりをゴクリと飲み込み、脂のついた手で兵士の肩に触れた。


「お兄さん、ここが煤けてる。……お掃除」


 カッ……!!

 白銀の光が弾けた。

 兵士の肩から、失われたはずの骨が、肉が、皮膚が、早回しの映像のように再生していく。

 痛みという名の「汚れ」が、一瞬で拭い去られた。


「あ……あぁ……?」


 兵士は、新しく生えた自分の腕を見て、涙を流して崩れ落ちた。

 その横で、カチリ、という無機質な音が響く。


「はい次、一万円。市ヶ谷総理に請求。……次の方、どうぞ」


 源田が手元の数取器カウンターを押し、名簿にチェックを入れた。

 感動の余韻などない。完全なる流れ作業だ。


「……次」


「お掃除」


「はい一万円。……次」


「お掃除」


「はい一万円」


 ベルトコンベア式に救済されていく兵士たち。

 ザハル将軍は、その光景を見て呟いた。


「……神か、悪魔か」


「ただの店主ですよ」


 横で警備をしていた三上が、苦笑しながら答えた。


「一万円さえ払われれば、神様だって行列に並ばせますから、あの人は」


          ◇


 日が傾き始める頃には、滑走路には数千人の長蛇の列が出来上がっていた。

 だが、列の最後尾は一向に減る気配がない。

 噂を聞きつけた近隣の市民や、別の戦線の兵士たちが続々と集まってきているのだ。


「……源田」


 レイナが、サングラスの奥で目を細めた。

 彼女の視線は、北の地平線に向けられている。


「来るわよ。ドス黒い、機械的な色の集団が。……こっちの『店』を潰しにね」


 連邦軍の前線部隊が、この「奇跡の空港」を嗅ぎつけたのだ。

 だが、源田は顔色一つ変えずに、次の名簿を受け取った。


「構わん。客が待っている」


 源田は数取器をカチリと鳴らした。


「剣崎、三上、真壁。店の前の『ゴミ掃除』は任せるぞ。……営業時間は、まだまだこれからだ」


 戦場に、「一万円」という名の希望と、それを守るための戦いの狼煙が上がろうとしていた。


少しでも「面白かった!」「続きが気になる!」と感じていただけたら、下の【★★★★★】と【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、執筆速度が爆上がりします。


何卒、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ