第43話 聖女の選別
クライ国への「国家予算による人道支援」が発表された翌日。
港区の洋館は、昨日とは全く質の異なる熱気に包まれていた。
「日本人差別をやめろー!!」
「我々の血税を外国人に使うなー!!」
「日本人にも無料の治療をー!!」
怒号。シュプレヒコール。
洋館の正門前は、プラカードを掲げた数千人のデモ隊によって埋め尽くされていた。
メディアもこぞって駆けつけ、「聖女教、自国民を見捨てて外国を優遇か?」という扇情的なテロップで生中継を行っている。
「……うるさいわね」
リビングの窓際で、レイナが不機嫌そうにカーテンの隙間から外を覗いた。
三上翔と真壁楓の二人は、万が一の突入に備えて臨戦態勢を取っている。
「どうしますか、源田さん。このままじゃ暴動になりますよ」
「放っておけ。金のない客に用はない」
源田は新聞を読みながら、全く動じる様子がない。
だが、レイナがサングラスをずらし、眉をひそめた。
「……変ね」
「何がだ?」
「怒っている人たちの中に、全然『色』が違う奴らが混ざっているわ」
レイナの『心眼』には、群衆の感情が色の奔流として映る。
デモ参加者の多くは、生活への不満や羨望からくるドス黒い「赤色」をしていた。
だが、その熱狂の中心で、周囲を扇動しているリーダー格の数人だけが違った。
「……あいつら、怒ってない。心が凍ったみたいに冷たい『機械的な黒』よ。計算づくで叫んで、周りの感情をコントロールしてる」
レイナは確信を持って断言した。
「連邦国の回し者ね。日本国内を混乱させて、クライ国への支援を止めさせるために、人々の不満に火をつけて回っているんだわ」
◇
外の騒ぎは激化する一方だった。
誰かが投げた石が、洋館の塀に当たって砕けた。
「……行くぞ」
源田が新聞を畳んで立ち上がった。
真壁と三上が慌てて続く。
ガチャリ、と重厚な正門が開く。
現れた源田の姿に、デモ隊のボルテージが一気に上がった。
「出てきたぞ! 説明しろ!」
「なんで日本人は一万円払わなきゃいけないんだ!」
「売国奴!」
マイクを持ったテレビリポーターが、ここぞとばかりに源田に詰め寄る。
「源田さん! この不公平な対応について、どうお考えですか!? クライ国の人々は日本政府のお金で救われるのに、なぜ我々日本人は自腹なのですか!」
カメラのフラッシュが焚かれる中、源田は冷淡な表情で群衆を見渡した。
そして、よく通る声で言い放った。
「不公平? 勘違いするな。俺たちは誰に対しても平等だ」
ざわめきが広がる。
「クライ国の大統領は、国民の治療費を日本政府に肩代わりさせた。だから彼らは『一万円を持った客』になった。それだけの話だ」
「それがおかしいと言っているんだ! なぜ我々にはその補償がない!」
デモ隊のリーダー格――レイナが指摘した男――が、声を張り上げて群衆を煽る。
「そうだ! 我々も見捨てられた被害者だ!」
「無料にしろ!」
源田は、そのリーダー格の男を冷ややかな目で見据えた。
「なら、あんたらの治療費も日本政府に払わせろ」
会場が一瞬、静まり返った。
「ヒミコは一万円貰えれば誰でも掃除する。支払者が大統領だろうが、日本政府だろうが、あんたらの財布だろうが、こちらの知ったことじゃない」
源田は、あろうことか群衆に向かって「政府への請求」を推奨したのだ。
「文句があるなら俺たちにじゃなく、永田町へ行け。市ヶ谷総理に『俺たちにも一万円払え』と言えばいい。政府が払うと言うなら、俺たちは喜んで全員治療してやる」
「なッ……!?」
論点のすり替えではない。極めて論理的な「商売の理屈」だった。
デモ隊の怒りの矛先が、一瞬で行き場を失う。
その隙を、騎士団は見逃さなかった。
「……見つけたぞ、扇動者」
真壁楓が動いた。
元刑事の勘とレイナの指示で、リーダー格の男たちの背後に回り込んでいたのだ。
「な、なんだお前は!」
「動くな」
真壁が手をかざすと、透明な壁――『絶対防御』が展開され、男たち数人だけが群衆から隔離された。
「三上!」
「はいよっ!」
三上が塀の上から指先を向ける。
パチパチと弾ける魔力の光が、男たちの懐を狙い撃ちした。
焦げたポケットから転がり落ちたのは、見慣れない形状の軍用通信機と、偽造された身分証の束だった。
「……あらら。随分といい装備を持ってるじゃないですか」
真壁が通信機を拾い上げ、カメラに向かって突きつけた。
「連邦国製の暗号通信機だ。……おい、皆さん。こいつら、日本人のふりをしてますが、中身は連邦国の工作員ですよ」
どよめきが走る。
デモ隊の人々が、呆然とリーダー格の男たちを見た。
「う、嘘だ!」
「俺たちはただ、日本の未来を……!」
男が叫ぶが、その顔からは焦りと、隠しきれない「異国の訛り」が漏れていた。
自分たちが利用されていたと悟った群衆の怒りは、急速に萎み、そして羞恥と混乱へと変わっていく。
◇
騒ぎが収束していく中、洋館の扉が半分だけ開いた。
そこから、おにぎりを頬張ったヒミコが顔を出した。
「……ゲンさん、外が静かになった」
彼女は、門の前に集まった数千人の群衆を見ても、怯える様子など微塵もなかった。
国家間の陰謀も、国民の怒りも、彼女にとっては「おにぎりの具」ほどの関心事でもないのだ。
「次のお客さん、お掃除していい?」
「ああ、構わん」
源田は頷き、呆然としているデモ隊に向かって、いつものように告げた。
「営業再開だ。一万円持っている奴から順に並べ。……ない奴は帰れ」
その言葉に、群衆の中から一人の老婆がおずおずと進み出た。
彼女はデモに参加していたわけではない。騒ぎに巻き込まれて立ち往生していた、本来の患者だった。
「あ、あの……一万円、あります……」
「どうぞ。お客様」
源田が道を開ける。
ヒミコが嬉しそうに手を振った。
その光景を見て、デモ隊は完全に戦意を喪失し、三々五々と散っていった。
どんな正論も、どんな政治的扇動も、「一万円で奇跡を売る」という圧倒的な実利の前には無力だった。
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