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第38話 騎士団の初仕事

挿絵(By みてみん)


 港区の洋館に、奇妙な平穏が戻ってきた。

 ここ数日、執拗に続いていた共和国の無人機による偵察や、スパイの潜入工作が、嘘のようにピタリと止んだのだ。

 理由は明白。「最強の矛」と「最強の盾」が揃ったからだ。

 物理法則を無視するビームとバリアの前では、現代兵器など無意味だと悟ったのだろう。


 だが、平和になったからといって、暇になるわけではない。

 むしろ、逆だ。


「……おい、三上。真壁」


 朝のミーティング。源田壮一郎は、新しく加わった二人の「騎士」を見据えた。


「共和国が尻尾を巻いて逃げた以上、お前らを遊ばせておく余裕はない。今日から『お掃除』の受付を手伝え」


「は、はいっ! ヒミコ様の護衛任務ですね!?」


「違う。雑用だ」


 源田は窓の外を指差した。

 そこには、ニュースを見て駆けつけた一般客による行列が、以前の数倍――洋館の敷地をはみ出し、大通りまで伸びていた。


「一万円分の働きはしてもらうぞ。……さあ、行け」


          ◇


 洋館の前庭。そこでは、世界最強の魔導戦力が、あまりにも贅沢に浪費されていた。


「はーい! そこ! 列を乱さないでください! 聖域に入っていいのは、一万円札と『清らかな心』を持った人だけです!」


 三上翔が声を張り上げる。

 彼は指先から、微弱な魔力光(ビームの出力1%程度)を放ち、空中に綺麗な「順路」のラインを描いていた。

 まるでSF映画のような光の誘導灯だ。


「すげぇ……魔法で交通整理してるぞ」


「贅沢すぎるだろ」


 並んでいる客たちがスマホを向けるが、三上は満更でもない顔でポーズを決める。推し(ヒミコ)の役に立っているという事実だけで、彼は無限に働けるようだった。


 一方、門の前には、仁王立ちする女性の姿があった。

 元刑事、真壁楓。

 彼女は鋭い眼光で、行列に混じる不審者や、割り込みをしようとする輩を監視している。


「……あなた。仮病ですね」


「あ、ああん!? なんだその目は!」


「後ろに並んでいる、杖をついたお婆さんに順番を譲りなさい。さもなければ……」


 真壁が一歩踏み出す。

 その体から、微かに『絶対防御』の圧力が漏れ出した。

 物理的な壁のような威圧感に、チンピラ風の男は「ひぃっ!?」と悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「……秩序を乱す者は通さない」


 真壁は腕組みをして、再び門番の定位置に戻る。

 その横顔は、警察時代よりも生き生きとしていた。


          ◇


 昼過ぎ。一台の黒塗りの高級車が、強引に正門前に乗り付けた。

 降りてきたのは、仕立ての良いスーツを着た老人と、数人の秘書だ。

 大手建設会社の会長である彼は、長い行列を一瞥して鼻で笑い、秘書にアタッシュケースを持たせて門をくぐろうとした。


「おい、通せ。源田君に話がある」


「お待ちください」


 真壁が静かに立ちはだかった。


「最後尾へ並んでください。ここでは、事前の予約も優先権もありません」


「は? 誰に向かって口を利いている。私は一刻も早く治療を受けたいんだ。金ならいくらでも出す」


 秘書がアタッシュケースを開く。中には、帯封のついた札束がぎっしりと詰まっていた。

 一千万円は下らないだろう。

 だが、真壁は眉一つ動かさなかった。


「……金? それがどうしました」


「なんだと?」


「ここでは、どんな富豪も一人の客です。ルールを守れないなら、お引き取りください」


 真壁が手をかざす。

 彼女の前に、透明な壁――『絶対防御』が展開された。

 会長が苛立って突き飛ばそうとするが、その手は空中の「見えない壁」に阻まれ、一ミリも進まない。


「な、なんだこれは……!?」


「そして、もう一つ」


 頭上から声が降ってきた。

 三上が、塀の上から冷ややかな目で見下ろしている。


「おっさん。ヒミコ様にとって、お前の金なんて『汚れ』と同じなんだよ!」


 三上が指先を向ける。

 そこには、威嚇用の小さな光球がパチパチと弾けていた。


「一万円札、一枚だけ握って出直してこい。……それ以外は、ゴミだ」


          ◇


 結局、会長は観念した。

 秘書に一万円札を用意させ、スーツを脱いで汗だくになりながら二時間並んだ。

 そしてようやく、ヒミコの前に辿り着いた。


「……ん。おじいちゃん、疲れてる」


 ヒミコは、相手が財界の大物だとは露知らず、いつもの調子でおにぎりを食べた手で触れた。


「お掃除、してあげる」


 一瞬の白銀の光。

 長年患っていた内臓の疾患が、嘘のように消え去る。

 会長は自分の腹をさすり、呆然とした。


「……治った。あんな大金を積んでも治らなかったものが、たったこれだけで……」


「はい、お大事にー。次の方ー」


 源田が事務的に声をかけ、会長を促す。

 手には、皺くちゃになった一万円札が一枚。

 会長は深々と頭を下げ、憑き物が落ちたような顔で帰っていった。


          ◇


 夕暮れ時。

 最後の一人を送り出し、洋館の門が閉ざされた。


「……ふぅ。終わったぁ」


 三上がその場に座り込む。

 真壁も額の汗を拭い、大きく息を吐いた。


「警察にいた頃より、疲れる現場だな」


「でも、悪くないでしょ? 真壁さん」


「……ああ。そうだな」


 真壁は夕日に染まる洋館を見上げた。

 ここには理不尽な命令も、隠蔽工作もない。

 あるのは、「一万円で人を救う」というシンプルで強固なルールだけだ。


「ほら、給料だ。今日は残業代もつけてやる」


 源田が現れ、二人に日当(現金手渡し)を放った。

 そして、リビングからはヒミコの声が聞こえてくる。


「……ゲンさん! おにぎり、おかわり! しゃけ!」


 三上と真壁は顔を見合わせ、苦笑した。

 世界を揺るがす騎士団の初仕事は、ただの「行列整理」だった。

 けれど、その疲れ心地は、かつてないほど充実していた。


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