第37話 聖女の守護者③
ズドォォォォンッ!!
先ほどの轟音と閃光の余韻が、まだ大広間に漂っている。
壁には、オタク信者・三上が放った「魔力ビーム」によって、人一人が通れるほどの風穴が空いていた。
「……壁の修繕費は、三上の給料から天引きだな」
源田は舞い上がる粉塵を払いながら、全く動じることなくリストをめくった。
破壊力(矛)は手に入れた。
だが、軍隊には「矛」だけでは足りない。ヒミコという最重要拠点を守り抜く「盾」が必要だ。
「次。エントリーナンバー301、真壁 楓」
呼ばれて入室してきたのは、これまでの有象無象とは明らかに空気が違う女性だった。
年齢は二十代半ば。
着古した安物のスーツに、化粧気のない顔。だが、その瞳には研ぎ澄まされた刃のような光が宿っている。
彼女は部屋の惨状(穴の空いた壁)を見ても眉一つ動かさず、静かに源田たちの前に立った。
「……志望動機は?」
「ここなら、正義が息をしていると聞いたからです」
短い答えだった。
だが、その声には押し殺した激情と、深い絶望が滲んでいた。
◇
レイナがサングラスを外し、真壁を凝視する。
『心眼』、オン。
「……へぇ」
レイナの唇から、感嘆の吐息が漏れた。
先ほどのスパイのような「黒」でも、オタクのような「ピンク」でもない。
「すごいわね。深い深い……『紺碧』よ」
レイナはまるで宝石を鑑定するように、真壁の魂を覗き込む。
「あなた、警察官だったでしょ? それも、キャリア組のエリート」
「……元、です。組織の腐敗を告発しようとして、逆に証拠を捏造され、懲戒免職になりました」
真壁は自嘲気味に答えた。
信じていた組織に裏切られ、社会的に抹殺された過去。
だが、レイナは首を横に振った。
「組織には裏切られた。でも、あなた自分自身だけは裏切らなかった。……真っ直ぐすぎて、見てるこっちが痛くなるくらい、綺麗な色だわ」
合格、とレイナが指を鳴らす。
真壁が小さく息を吐いた。
彼女は見ていたのだ。列に並んでいる間、何人もの「プロ」たちがレイナに見抜かれ、排除されていく様を。
自分も弾かれるのではないかという恐怖。だが、この少女の目は誤魔化せなかった。
「……お姉さん」
不意に、ソファからヒミコが立ち上がった。
手には、新しいおにぎりが握られている。
「……肩、重そう。何か乗ってる」
「え……?」
真壁が自分の肩を見る。何も乗っていない。
だがヒミコには見えていた。彼女が背負い続けてきた「理不尽への怒り」や「守れなかった者への悔恨」という重圧が。
「お掃除、してあげる」
「……頼む。私に、守る力をくれ」
真壁は震える手で、全財産に近い一万円札を差し出した。
◇
ヒミコが真壁の胸元に手をかざす。
今回は、激しい閃光ではなかった。
静寂。
凪いだ水面のような、静かで、しかし底知れない圧力が空間を支配していく。
「……『治癒』」
ヒミコが魔力を流し込んだ瞬間、真壁の体から溢れ出したのは「拒絶」の光だった。
彼女を中心とした半径数メートルに、白銀の半透明な膜が展開される。
それは、外敵を弾き飛ばす荒々しいバリアではない。
内部の平穏を何人たりとも侵させない、絶対的な不可侵領域。
固有魔法――『絶対防御』。
「ひひっ! なんだその魔力密度は!」
計測器を見ていた木島が叫んだ。
「物理干渉を完全に遮断している! 空気も、熱も、運動エネルギーも、お前の意志一つで選別して通してるのか!? 歩く核シェルターじゃねぇか!」
「……これが、私の力」
真壁は自分の両手を見つめた。
誰かを傷つけるための銃は取り上げられた。代わりに、誰かを守るための盾が与えられた。
「おい、実験だ」
源田が非情な声を上げた。
彼は壁の穴から、さきほど採用したばかりの三上を呼び戻していた。
「三上。ヒミコに向かって、全力でビームを撃て」
「はあぁぁ!? む、無理です! ヒミコ様(推し)に攻撃なんて!」
「安心しろ、当たらん。……そこの女刑事が本物ならな」
源田は真壁を見た。
真壁は無言で頷き、ヒミコの前に立った。
背中の少女を守る。ただそれだけのシンプルな配置。
その様子は、聖女教の公式チャンネルを通じて全世界に配信されていた。
「やれ、三上。最初の仕事だ」
「くっ、うおおおおお! ヒミコ様、すいませんんんん!!」
三上が半泣きで掌を突き出す。
カッ!!
先ほど壁を穿った極太の熱線が、一直線にヒミコへと迫る。
直撃かと思われた、その刹那。
キィィィィンッ……!!
高く澄んだ音が響き渡った。
ビームは真壁の展開した「絶対防御」の表面で激突し――そして、無数の光の粒子となって霧散した。
傷一つない。熱すら通さない。
真壁は一歩も引かず、硝煙の中で静かに告げた。
「……これでもう、誰も彼女には触れさせない」
◇
その光景が配信された瞬間、インターネット上は再び爆発した。
【速報】聖女教、今度は「絶対防御」の女騎士を召喚する。
15 :名無しさん@実況中:
おい、今の見たか?
ビームが霧散したぞ。物理法則仕事しろwww
32 :名無しさん@特定班:
あの人、元神奈川県警の真壁警部補じゃね?
確か、ヤクザとの癒着疑惑でクビになったはずだけど。
55 :名無しさん@聖女教:
>>32
癒着? あの潔癖そうな顔で?
警察の発表なんて信用できんわ。
「レイナ様の心眼」と「ヒミコ様の加護」が通ったってことは、彼女は『白』だろ。
警察の方が『黒』確定じゃん。
80 :名無しさん@オタク:
キモオタのビームを、クールな女刑事が守る。
……この組み合わせ、推せる。
新しいバディものの誕生だわ。
110 :名無しさん@軍事:
笑い事じゃないぞ。
あの盾、熱線も衝撃波も完全に無効化してる。
戦車砲だろうがミサイルだろうが、彼女が立っている限りヒミコには届かない。
「最強の矛」と「最強の盾」が揃っちまった。
ネットの反応は、「真壁の過去への同情」と「聖女教の戦力完成への畏怖」で埋め尽くされた。
一万円で買われた不遇な刑事は、今や世界最強の守護者として認知されたのだ。
「合格だ」
源田は満足げに頷き、一万円の領収書を切った。
「毎度あり。但し書きは『警備代』でいいか?」
「……ああ。構わない」
真壁は領収書を受け取り、ヒミコの横に立った。
最強の矛と、最強の盾。
ちぐはぐな二人だが、その忠誠心だけは本物だ。
その頃。
洋館から数百メートル離れた雑居ビルの屋上。
共和国軍の狙撃手が、ライフルスコープから目を離し、ガタガタと震えていた。
「……ば、馬鹿な」
彼は見ていた。
窓越しにヒミコの頭部を狙っていたのだが、真壁が「聖域」を展開した瞬間、スコープ越しの視界が歪んだのだ。
空間そのものが断絶されている。
あそこには、弾丸はおろか、視線すら届かない。
「撃てない……。あんなもの、戦車砲を持ってきても傷一つつけられんぞ……!」
狙撃手はライフルを放棄し、逃げるように屋上を去った。
物理法則を無視した「白銀の聖域」が、港区のボロ屋敷を鉄壁の要塞へと変えていた。
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