第36話 聖女の守護者②
港区、聖女の洋館。その大広間は、異様な緊張感に包まれていた。
中央に置かれた長いテーブル。
その向こう側には、審査員席として源田、レイナ、そして退屈そうに欠伸をするヒミコが座っている。
背後には、不動の構えで控える剣崎蒼司。
ここは、聖女教騎士団の最終選考会場――通称「魂のオーディション」の場だ。
屋外に殺到した100万人の中から、書類(という名の源田の気まぐれ)で選ばれた「一次通過者」たちが、次々と運び込まれてくる。
「……次。エントリーナンバー104、田中一郎」
扉が開き、一人の青年が入室した。
質素な服装。少し猫背で、生活に疲れた善良な市民を装っている。
だが、その正体は共和国情報局が誇る「クラスA」の特殊工作員だ。
心拍数、呼吸、発汗、そして表情筋の微細な動きに至るまで、完全にコントロールされている。
誰がどう見ても、彼は「魔法にすがりたい弱者」にしか見えないはずだった。
(完璧だ。……この距離なら、隙を見て対象を確保できる)
工作員は内面で冷徹に計算し、震える声で演技を始めた。
「あ、あの……俺、病気の母を治したくて――」
「はい、不採用。次」
レイナが、履歴書に視線を落としたまま言った。
工作員が固まる。
「……えっ? あ、あの、まだ何も――」
「真っ黒よ、あなた」
レイナがサングラスをクイッと上げ、冷ややかな視線を突き刺した。
「心の色が、錆びた鉄みたいな色してる。国家への忠誠心と、殺意でドロドロ。……見てるだけで吐き気がするわ」
「なッ……!?」
工作員の顔から血の気が引いた。
なぜバレた? 心拍数は平常だ。嘘発見器ですらパスする自信があったのに。
「源田さん、こいつゴミ箱(門の外)へポイして。臭くてヒミコの教育に悪いわ」
「了解だ」
源田が指を鳴らす。
その瞬間、工作員の脳内で何かが弾けた。
プライド。任務。そして、一秒で見抜かれた屈辱。
「……ふざけるな! 小娘に何がわかるッ!」
彼は懐に隠していたセラミックナイフを抜き放ち、テーブルを飛び越えてレイナに襲いかかった。
速い。常人には視認すらできないプロの動き。
だが。
「……一万円も払えない客は、ゴミと同じだと言ったはずだが」
源田が溜息をついた、次の瞬間。
ドガァッ!!
鈍い音が響き、工作員の体が空中で「くの字」に折れ曲がって吹き飛んだ。
「……主殿の前に塵を散らすな。不浄なり」
いつの間にか工作員の背後に立っていた剣崎が、刀を鞘に納める動作をしていた。
抜刀すらしていない。ただの「鞘打ち」で、特殊工作員の腕と肋骨を粉砕したのだ。
「ぐ、がぁ……ッ!?」
「摘み出せ。次のゴミが待っている」
源田の冷徹な指示で、信者スタッフたちが工作員を引きずり出していく。
会場には、再び静寂が戻った。
◇
「……次。エントリーナンバー255、三上翔」
次に現れたのは、あからさまに挙動不審な男だった。
ボサボサの髪。眼鏡。そして着ているのは「聖女ヒミコ様降臨」とプリントされた自作の法被。
重度のアイドルオタク――いや、聖女教の熱狂的信者だ。
「ヒ、ヒヒ、ヒミコ様ぁ……! あ、会えて……光栄でふ……!」
三上は入室するなり、感極まって号泣し、その場に土下座した。
戦闘能力ゼロ。知性、未知数。社会性、欠如。
誰がどう見ても「不採用」の人材だ。
だが、レイナの唇が、ニヤリと吊り上がった。
「……合格」
源田が眉を上げた。
「本気か?」
「ええ。この人、すごいわよ」
レイナは楽しそうに三上を指差した。
「色が『ドピンク』一色。野心も、悪意も、計算もない。頭の中にあるのは『ヒミコ様尊い』『命をかけて推す』っていう、狂気じみた純粋な信仰心だけ。……真っ白すぎて目が潰れそうだわ」
「ヒ、ヒミコ様ぁぁぁ!! 一生ついていきますぅぅぅ!!」
三上が床に頭を打ち付けて泣き叫ぶ。
その騒ぎに、おにぎりを食べていたヒミコが顔を上げた。
「……うるさい」
「ひっ!?」
「でも、いい色。お掃除、してあげる」
ヒミコが三上の前に歩み寄り、その脂ぎった額に、そっと小さな手を乗せた。
「……ん『治癒』」
カッ……!!
ヒミコの掌から、白銀の光が溢れ出す。
それは三上の全身を包み込み、彼の魂に眠る「何か」を強制的に叩き起こした。
「う、うおおおおおおッ!?」
三上の体が浮き上がる。
次の瞬間、彼の掌から、強烈な閃光が迸った。
ズドォォォォンッ!!
彼の手から放たれた極太の「光のビーム」が、洋館の壁を貫き、遥か彼方の空へと消えていった。
魔力放出。
純粋な信仰心が、物理的な破壊力へと変換された瞬間だった。
「ひひっ! すげぇ! 魔力回路の純度が高いから、出力が桁違いだ!」
計測器を見ていた木島が狂喜乱舞する。
三上は自分の手を見つめ、呆然と呟いた。
「こ、これが……推しの力……!」
「採用だ。一万円払って、さっさと着替えてこい」
源田が即決した。
◇
その夜。ネット掲示板は再び大炎上していた。
【謎】聖女教、超一流の格闘家やエリートを全落ちさせて、オタクを採用する暴挙。
15 :名無しさん@落選者:
ふざけんな! 俺は元傭兵だぞ!
なんで俺が落とされて、あのキモオタが採用なんだよ!
32 :名無しさん@目撃者:
合格者がオタクと子供ばっかりで草。
これもう騎士団じゃなくてファンクラブだろ。
50 :名無しさん@聖女教:
いや、ライブ配信見たか?
あのオタク、手からビーム出してたぞ。
>>50
あれCGじゃなかったのかよ……。
88 :名無しさん@分析班:
結論:聖女様は「能力」じゃなくて「愛(狂気)」を見てる。
スパイが入る余地なんて最初からなかったんだ。
モニターに流れる罵詈雑言と驚愕のコメントを見ながら、源田はウィスキーを揺らした。
「軍隊? 違うな」
彼は、庭でビームの練習をさせられている三上たち「聖女親衛隊」を見下ろし、冷たく笑った。
「俺が欲しいのは……絶対に裏切らない、狂信的な『駒』だ」
一方、共和国の司令部。
「送り込んだ工作員、全員精神崩壊により帰還不能」という報告を受け、総書記が戦慄していた。
近代国家の諜報戦が、たった数人のオタクと少女によって完全敗北した瞬間だった。
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