第35話 聖女の守護者①
午前零時。
日付が変わった瞬間、源田壮一郎はタブレットの「投稿」ボタンをタップした。
『聖女教』の公式サイト、および公式SNSアカウント。
世界中が注目するそのページに、新たな告知が掲載された。
『聖女教・守護騎士団公募のお知らせ』
一見すれば、よくある宗教団体の信者募集に見えるかもしれない。
だが、その中身は現代社会の常識を、物理法則ごと粉砕するものだった。
『聖女ヒミコの守護、および聖域の管理を行う者を募集する。
採用者には、報酬として以下の権利を与える』
『お布施一万円と引き換えに、聖女様による「魔法」の付与を行う』
その一行の下には、さらに信じがたい但し書きが続いていた。
※付与される魔法は、本人の素質に応じた独自の能力が発現する。
※ただし、審査は厳正に行う。適正なき者、悪意ある者には与えない。
「……さて。世界はどう動くかな」
源田はニヤリと笑い、ウィスキーを煽った。
現代に蘇った魔法使い。その販売価格、一万円。
安すぎる? いや、この「安さ」こそが、狂乱の火種になるのだ。
◇
反応は、爆発的だった。
投稿から数分もしないうちに、X(旧Twitter)のトレンドは聖女教一色に染まった。
#聖女教騎士団
#魔法付与
#一万円で魔法使い
#能力ガチャ
世界トレンドの1位から10位までを、この関連ワードが独占した。
ネット民たちは、これまで聖女教が見せてきた「異常な現象」を思い出し、興奮を爆発させていた。
「あの侍がやってた瞬間移動、あれ魔法だったのか!」
「サングラスの少女が嘘を見抜いたり自白させたりするのも、精神操作魔法確定じゃん」
「一万円であのチート能力が手に入るなら、全財産つぎ込むわ」
そう。彼らは既に目撃している。
剣崎が銃弾より速く移動する「転移魔法」のような神速を。
レイナが他者の心を読み、時に操るかのような「精神操作魔法」の恐ろしさを。
それが「素質があれば手に入る」と示唆されたのだ。
日本のネット文化の最深部、巨大匿名掲示板もまた、阿鼻叫喚の嵐となっていた。
【速報】聖女教、一万円で魔法(能力ガチャ)を売り始める。
1 :名無しさん@聖女教:
源田さん、ついに現代の法則を壊しにきたな。
魔法付与とか、これ半分異世界転移だろ。
15 :名無しさん@港区:
おい、募集要項見たか?「素質に応じた独自の魔法」だってよ。
つまり、剣崎みたいな「転移魔法」とか、レイナみたいな「精神操作」が当たる可能性もあるってことか?
22 :名無しさん@ガチャ爆死:
剣崎のあれ、魔法だったんか……。
一万円でSSRの転移スキル引けたら、通勤ラッシュとおさらばできるじゃねーか!
これもう全人類並ぶわ。
35 :名無しさん@軍事評論家:
【重要】素質依存ってことは、スパイや軍人が最強魔法手に入れたら終わるんじゃね?
レイナの精神操作系とか、政治家に使われたら国が乗っ取られるぞ。
58 :名無しさん@諜報機関:
隣国の総書記が今ごろ血眼で工作員送り込んでるぞ、これ。
見えない兵士、テレポートする暗殺者……国家予算積んでも欲しい戦力だ。
77 :名無しさん@懐疑派:
でも審査あるんだろ?
レイナって子が面接官なら、嘘ついた瞬間に精神操作されて「私はスパイです」って自白させられる未来しか見えない。
102 :名無しさん@社畜:
俺、火の魔法が出たら会社燃やしてくるわ。
>>102
聖女様に速攻で「汚い」って言われてお掃除(物理)されるぞ。
◇
夜明け前。
港区の洋館周辺は、異様な熱気に包まれていた。
始発も動いていない時間だというのに、既に数千、いや数万の群衆が洋館を取り囲んでいる。
一万円札を握りしめた若者。
迷彩服を着た屈強な外国人グループ。
履歴書を抱えた就活生。
そして「ヒミコ様親衛隊」と書かれた法被を着たオタクたち。
警視庁の機動隊が緊急出動し、バリケードを築いているが、魔法を渇望する人々の波を抑えきれるものではない。
欲望。希望。野心。
それらが混じり合った濁流が、聖女の館へと押し寄せている。
「……ふん。一晩で応募総数100万人突破か」
洋館の二階から、源田は眼下の群衆を見下ろした。
手元のタブレットには、今も秒単位で増え続ける志願者の数字が表示されている。
「いい『欲望』が煮詰まってきたな。一万円で人生が変わるなら、安いもんだろう?」
「……ゲンさん」
リビングのソファで、ヒミコが声を上げた。
彼女の手には、先日、市ヶ谷首相から貰った「高級おにぎり」の残りがある。
「この人たち、みんな魔法ほしいの? お掃除してほしいの?」
ヒミコは、スマホに流れる大量の顔写真リストを見て首を傾げた。
彼女にとって魔法とは「お掃除」であり、日常の一部に過ぎない。なぜ大人がこれほど必死になるのか理解できないのだ。
「ああ、そうだ。だがヒミコ、全員に力を貸す必要はない」
源田の隣で、レイナがサングラスをクイッと上げた。
『心眼』、オン。
窓の外に広がる群衆を見つめる彼女の唇が、捕食者のような笑みを形作る。
「安心して、ヒミコ。……どんなに一般人の皮を被っても、あいつらの『腹黒い色』は私には隠せないから」
レイナの視界には、無数の色彩が映っていた。
純粋な憧れを示す「白」。
私利私欲にまみれた「濁った紫」。
そして――。
(……いるわね。一見して善良な市民に見えるけど、その奥底に『国家への忠誠』と『殺意』を隠し持った、真っ黒な連中が)
共和国の工作員部隊。彼らは「一般市民」に紛れ、あるいは「熱心な信者」を装い、列の奥深くに潜り込んでいる。
ネット民が恐れていた通り、彼らは魔法を軍事利用するために来たのだ。
だが、彼らは知らない。
この館には、世界最強のセキュリティ・システム――人心を操り、嘘を見抜く「魔女」がいることを。
「さて、地獄の選別を始めましょうか」
東の空が白む。
一万円を握りしめた100万人の欲望と、それを待ち受ける聖女教の守護者たち。
かつてない規模の「お掃除」が、幕を開けようとしていた。
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