第33話 世界、フリーズ
その日の朝、世界は文字通りフリーズした。
ニューヨーク証券取引所。ロンドン市場。そして、東京証券取引所。
開場を告げる鐘の音は、ディーラーたちの絶叫にかき消された。
「おい、冗談だろ!? 資源先物価格が垂直落下してるぞ!」
「共和国関連の銘柄、ストップ安だ! 全部売り払え! 紙屑になる前に逃げろ!」
「逆に日本のハイテク株が爆騰してる! 日東エレクトロ、買い注文が殺到してシステムが追いつかない!」
モニターに映し出されるチャートは、芸術的なまでの乱高下を描いていた。
原因はたった一つのニュース。
『日本、レアアースの完全自給自足に成功。コストは実質ゼロ』
物理法則を無視した精錬技術。
国家戦略を一瞬で無力化する供給量。
各国の首脳や経済学者たちが「ありえない」「誤報だ」と叫ぶ中、アメリカ国防総省やCIAの衛星画像は、ある一点を静かに映し出していた。
軍事基地でもなければ、最先端の科学研究所でもない。
東京・港区。
超高層ビルの谷間にポツンと残された、古びた洋館。
庭には「聖女様降臨」という怪しげな幟がはためき、縁側では少女がおにぎりを頬張っている。
世界経済の心臓部を握ったのは、このボロ屋敷だった。
◇
一方、日本のインターネット上は、未曾有の「お祭り騒ぎ」となっていた。
巨大掲示板やSNSのトレンドは、朝からこの話題で埋め尽くされている。
【速報】日本政府、レアアースを海底の泥から一瞬で精錬。共和国終了へ。
1 :名無しさん@聖女教信者:
共和国の外交カード、ただのゴミになるwww
ざまぁぁぁぁぁぁ!!
5 :名無しさん@港区:
聖女教とかいう怪しい宗教が日本を救ってて草。
これもう国教だろ。
12 :名無しさん@科学者志望:
一万円でレアアース精製とか、これもう錬金術師だろ。
ハガレンかよ。等価交換の法則どこいった?
>>12
対価は一万円とおにぎりだからセーフ。
28 :名無しさん@投資家:
【悲報】ワイが持ってた資源株、電子の藻屑となる。
その代わり日東エレクトロが爆上げで資産倍増したわ。
サンキューヒミコ様。
45 :名無しさん@オカルト板:
おにぎり供えたら勝てるってマジ?
明日からコンビニのおにぎり売り切れるぞ。
>>45
港区のコンビニ、もう棚が空っぽらしいぞ。
「ツナマヨ」が聖遺物扱いされててワロタ。
89 :名無しさん@憂国の士:
これガチで歴史変わったな。
資源のない島国が、一瞬で資源大国になった。
全部、あの一万円の石ころのおかげとか、教科書に載るレベル。
135 :名無しさん@実験体:
なお、当の本人は今ごろ「おやつ」の心配をしてる模様。
平和すぎて涙出るわ。
◇
ネットの狂乱、市場の崩壊。
それらを遠く離れた大陸の奥深く。
共和国の中枢にある、薄暗い執務室。
ガシャァァァンッ!!
重厚な執務机の上に置かれていた通信モニターが、床に叩きつけられて粉々になった。
荒い息を吐いているのは、共和国の最高権力者、総書記だ。
「……おのれ、おのれぇぇ……ッ!」
彼は震える手で、モニターの残骸――そこに映っていた白いドレスの少女の画像を、革靴で踏みつけた。
「物理法則も……外交序列も……我が国が数十年かけて築き上げた包囲網も……!
たった一人の小娘と、一万円の石ころごときに破壊されただと……!?」
側近たちが青ざめて直立不動で震えている。
レアアースという最強の首輪を失った日本は、もはや共和国の言いなりにはならない。
それどころか、あの技術が世界に広まれば、資源を武器にしてきた共和国の優位性は完全に消滅する。
国家の存亡に関わる危機。
総書記の目から、理性の光が消え、冷酷な殺意だけが宿った。
「……もはや、生かしておく理由はどこにもない」
彼は受話器を取り上げ、暗号回線を開いた。
繋がった先は、国家直属の特殊工作部隊。あるいは、闇の世界で生きる暗殺者ギルド。
「あの少女を殺せ」
地獄の底から響くような声で、彼は命じた。
「魔石の秘密を盗め。関係者は全員始末しろ。……でなければ、我が国が先に世界から『掃除』されるぞ」
電話が切られる。
日本の港区に向け、不可視の凶刃が放たれた瞬間だった。
聖女の「お掃除」か、国家による「抹殺」か。
血なまぐさい影が、静かに洋館へと忍び寄ろうとしていた。
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