第32話 泥中の奇跡
港区、聖女の洋館。
その裏庭には、不釣り合いなほど巨大なコンテナが鎮座していた。
中に入っているのは、真っ黒なヘドロのような泥の塊。
南鳥島沖の海底、水深六千メートルから採取された「レアアース泥」だ。
「……源田さん、冗談はよしてください」
コンテナの前で、経済産業省の事務次官がハンカチで額の汗を拭った。
隣には、国内最大手の精密機器メーカー「日東エレクトロ」の社長も、沈痛な面持ちで立っている。
「確かに、日本の排他的経済水域(EEZ)内には、莫大な量のレアアースが眠っています。しかし、これを引き上げて精錬するにはコストが掛かりすぎる。それに……」
次官は言葉を濁し、放射線測定器に視線を落とした。
「この泥には、トリウムなどの放射性物質が含まれている。これを除去し、安全に廃棄する技術とコストが、採算ベースに乗らないのです。だからこそ、我々は共和国からの輸入に頼らざるを得なかった」
それが、日本の弱点。
資源はある。だが、それを使える形にする「技術」と「覚悟」がなかった。
「……ひひっ。凡人が。それは『旧時代の科学』の話だろ?」
静まり返る裏庭に、場違いな笑い声が響いた。
ボロボロの白衣を風になびかせ、木島が現れる。
彼が愛おしそうに撫でているのは、ガムテープと配線が剥き出しになった、巨大な冷蔵庫のような不格好な装置だ。
「紹介しよう。聖女教科学技術局・第一号発明品。『魔導精錬機・きじま君1号』だ!」
「……き、きじま君?」
「ネーミングセンスは気にするな。重要なのは中身だ」
木島は、白衣のポケットから「拳大の白銀の石」を取り出した。
ヒミコが生み出した、高密度魔力結晶――『魔石』だ。
「この装置は、精錬なんていう生温い化学反応は起こさない。この魔石をコアにして、対象物のエントロピーを局所的に逆転させる。つまり……」
木島はニヤリと笑い、社長に向かって指を突きつけた。
「不純物を、『無』に帰すんだよ」
◇
木島は手早く魔石を装置のスロットに嵌め込んだ。
カチリ、と音がする。
動力源は確保された。
「おい、実験体……いや、ヒミコ様。準備はいいか?」
「……ん」
縁側でおにぎりを食べていたヒミコが、興味なさそうに頷く。
彼女は今回の実験にはノータッチだ。ただ、魔石を提供しただけ。
「よし。……歴史的瞬間の目撃者になれよ、官僚共!」
木島が、自らの手で、武骨なトグルスイッチをパチンと入れた。
ブゥン……。
低い駆動音が響く。
だが、工場の轟音や、高熱の排気などは一切ない。
ただ、装置から伸びたケーブルが接続されたコンテナの中で、静かな「光」が溢れ出しただけだった。
白銀の燐光。
それは、泥の汚れを洗い流すかのように、優しく、しかし絶対的な強制力を持って物質に干渉する。
数秒後。
光が収束した。
「……な、なんだこれは……」
社長がコンテナの中を覗き込み、腰を抜かした。
あんなに汚く、重苦しかった黒い泥が消えている。
代わりにそこに山積みになっていたのは――
キラキラと虹色に輝く、純度100%の結晶体だった。
「レ、レアアース……! それも、ジスプロシウムにテルビウム……最高級品ばかりだ!」
「そ、測定器! 放射線量は!?」
次官が慌ててガイガーカウンターをかざす。
針はピクリとも動かない。
数値はゼロ。
自然界のバックグラウンド放射線レベルだ。
「ば、馬鹿な……トリウムは? ウランはどこへ行った!?」
「言っただろ。『お掃除』したんだよ。最初から無かったことになった」
木島が「ひひっ」と笑い、ヒミコの方を見た。
ヒミコは、弁当の最後の一口を頬張りながら、退屈そうに欠伸をした。
「……お掃除おわり。ゲンさん、お茶」
◇
震える手で結晶を掴む社長の前に、源田が一枚の契約書を滑り込ませた。
「さて、商談といこうか」
源田の眼鏡が、西日で冷たく光る。
「この精錬装置『きじま君』は、貴社に独占契約で卸してやる。……ただし」
「た、ただし?」
「動力源であるこの『魔石』は消耗品だ。輝きが失われたら交換が必要になる」
源田は、装置から色あせた石を取り出し、新しい石を見せびらかした。
「我々は、この魔石を定期的に供給する。……価格は、一個一万円だ」
「い、一万円!?」
社長と次官が声を揃えた。
安すぎる。
国家予算レベルのプロジェクトを一瞬で解決したエネルギー源が、たったの一万円?
「そ、それでいいのですか!? 一億でも、十億でも払いますよ!?」
「いいや、一万円だ」
源田は首を横に振った。
「うちは明朗会計がモットーでね。どんな奇跡も一律一万円。……ただし」
源田はニヤリと笑った。
「魔石一個につき、精錬できるのはコンテナ一つ分だ。日本の産業を支えるには、何万個、何十万個の石が必要になるかな?」
サブスクリプション。あるいは、プリンターのインク商法。
本体を安く(あるいはタダで)ばら撒き、消耗品で永続的に利益を得る。
しかも、その「消耗品」を作れるのは、世界で唯一、ヒミコだけ。
「契約成立ですね! ありがとうございます、ありがとうございます!」
社長は涙を流して源田の手を握りしめた。
官僚も、これでクビが繋がったと安堵の息を吐く。
「……あーあ。ゲンさん、また悪い顔してる」
レイナが呆れ、剣崎が静かに頷く。
だが、この契約が世界をひっくり返すことには変わりない。
その日の夜。
全世界のニュース番組に、衝撃的な速報が流れた。
『――日本政府、レアアースの完全自給自足に成功と発表』
『共和国による輸出規制、完全に無力化。日本のハイテク産業、V字回復へ』
『驚異の新技術、開発したのは港区の宗教法人か』
世界中の投資家が、そして共和国の指導部が、信じられないという顔で画面を見つめていた。
日本という島国が、たった一人の少女と、一万円の石ころによって、資源大国へと生まれ変わった瞬間だった。
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