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第31話 燃える列島

挿絵(By みてみん)


 港区、聖女の洋館。

 リビングの大型テレビが、けたたましいニュース速報を伝えていた。


『――緊急ニュースです。隣国、共和国政府は本日正午、日本に対するレアアース(希土類)の輸出を全面的に規制すると発表しました』


 画面には、共和国総書記の強硬な声明と、それに狼狽する日本政府関係者の姿が映し出されている。

 原因は、先日行われた国会質疑での日本国首相の発言だ。

 だが、報復にしてはあまりにも迅速で、そして周到だった。


『国内ハイテク関連株は、過去最大の大暴落を記録。半導体、自動車、スマートフォン……あらゆる精密機器メーカーが、生産停止の危機に瀕しています』


『政府は備蓄放出や代替素材の活用を発表していますが、市場のパニックは収まらず――』


 テロップに踊る『日本沈没』の文字。

 かつても同様の規制はあった。日本企業はその教訓から、ある程度の備蓄や代替ルートを確保していたはずだ。

 だが、今回の共和国のやり方は、それら全ての抜け道を塞ぐ完璧な包囲網だった。


「……喉元過ぎれば熱さを忘れる、か」


 源田壮一郎が、ウィスキーのグラスを揺らしながら冷笑する。


「平和ボケした国家の末路だな。だが、絶望が深ければ深いほど、救済ビジネスの単価は上がる」


 彼はサングラスの奥で、冷徹な計算を始めていた。

 この国家的危機を、どうやって一万円に変えるか。


          ◇


 その頃。

 洋館の門の外には、いつものように救いを求める長蛇の列ができていた。

 だが、その列の中に、明らかに異質な存在がいた。


 ボロボロに汚れた白衣。

 伸び放題の髪と髭。

 そして、患者のように大人しく並ぶのではなく、地面に這いつくばって何かを探している男。


「……ひひっ。あった、あったぞ……!」


 男は、ガムテープで補強された自作の測定器を片手に、震える指でピンセットを操作していた。

 彼が拾い集めているのは、ヒミコが治癒(お掃除)を行った後に、極稀に地面に残る微細な「白銀の粉」だ。

 魔力の残滓ざんし

 ヒミコにとってはただの「カス」だが、男にとっては違った。


「すげぇ……このエネルギー密度、熱力学の法則を完全に無視してやがる……!」


 男――木島きじまは、涎を垂らさんばかりに歓喜していた。

 その背中に、鋭い殺気が突き刺さる。


「……おい。貴様」


 剣崎蒼司だ。

 刀の柄に手をかけ、侮蔑と警戒の入り混じった目で見下ろしている。


「ここは病を治す場所だ。貴様のような、魂が壊れた者が来る場所ではない。……立ち去れ」


「あ? うるせぇな、侍。今いいところなんだよ。エントロピーが逆流してるんだぞ!?」


 木島は悪びれもせず言い返す。

 剣崎が目を細め、一歩踏み出したその時。


「……待て、剣崎」


 洋館から出てきた源田が、その男を見て足を止めた。

 嫌悪感と、微かな懐かしさが入り混じった複雑な表情。


「……木島か。あの技術センターが爆発した時、てっきり瓦礫の下でくたばったと思っていたが」


「あ? ……おお! 源田か! ひひっ、お前こそ、こんなボロ屋敷で『聖女様』のマネージャーかよ! 元・敏腕顧問弁護士様が落ちぶれたもんだな!」


 木島がケタケタと笑う。

 源田が舌打ちをした。

 かつて源田が顧問弁護士を務めていた大手化学メーカー。そこで筆頭研究員として飼われていたのが、この木島だ。

 専門は「高エネルギー物理学」。

 天才的な頭脳を持っていたが、倫理観の欠如とあまりのマッドサイエンティストぶりに、数々の実験事故を起こして学会を追放された男。

 源田にとっては、何度も尻拭いをさせられた「最も関わりたくなかった腐れ縁」だ。


「……相変わらず狂人の目をしているな。何の用だ」


「用? 決まってんだろ! この『粉』だ!」


 木島はシャーレに入った微量な白銀の粉を突きつけた。


「見ろよこれ! 原子レベルで不純物を完全に排除した、究極の『清浄化』の跡だ! ヒミコとかいう実験体が出してるんだろ? もっとねぇのか!? こんなカスじゃなくて、もっとデカい塊が!」


 その時。

 ペタペタと裸足の音が近づいてきた。


「……ゲンさん。そのおじさん、汚い。お掃除してない」


 ヒミコだ。

 アリスのキーホルダーをいじりながら、木島をゴミを見るような目で見ている。


「お、お前がヒミコか! おい、これだ! このエネルギー結晶をもっと出せ! 研究させろ!」


「……それ、お掃除した後のカス。汚いよ」


「汚い!? 滅相もない! これは物理学の死であり、新しい福音だ! 頼む、もっと大きな塊があれば、俺の理論が証明できる……!」


 木島が必死に懇願する。

 ヒミコは首を傾げた。


「……大きいのでいいの? できるよ」


「へ?」


 ヒミコは何気なく右手を上に向けた。

 クッ、と空気が歪む。

 彼女の掌に、周囲の大気とは異なる高密度の「何か」が収束していく。


「……ん」


 カッ!!

 眩い閃光と共に、ヒミコの手に握られていたのは――拳大の、白銀に輝く結晶石だった。

 地球上のどんな宝石よりも美しく、そして内包するエネルギー量が桁違いの物質。


 『魔石』


 この世界には存在しないはずの物質が、今、ここに誕生した。


「ひ……ひひ……ッ!!」


 木島は目を見開き、呼吸を忘れた。

 そして次の瞬間、地面を転げ回って狂喜乱舞した。


「あははははは! 見たか源田! 質量保存の法則が死んだぞ! 物理学の敗北だ! ひひっ、最高だ、最高に狂ってる!」


 レイナがドン引きしながら呟く。


「うわぁ……あの人の色、真っ黒な探究心で塗りつぶされてる。自分の命すらどうでもいいのね」


 木島は笑い転げたまま、源田のズボンの裾にしがみついた。


「源田! 俺を雇え! この『魔石』を解析させろ!」


「……雇ってどうする。俺たちにメリットはあるのか?」


「あるさ! 大ありだ!」


 木島は充血した目で叫んだ。


「この石を使えば、ヒミコの『浄化』を機械的に疑似再現できる! 科学と魔導を融合させた『魔導科学文明』の幕開けだ!

 レアアース? 共和国の規制? そんな低次元な話、俺たちが一瞬でお掃除してやるよ! 日本の泥混じりの鉱石から、純度100%のレアアースを精製してやる!」


 源田の目が、スッと細められた。

 国家の危機。

 暴落する市場。

 そして、目の前の狂った天才科学者。

 点と点が、一万円という線で繋がった。


「……ほう」


 源田はニヤリと笑い、木島の襟首を掴んで引き起こした。


「採用だ、木島。給料は日給一万円。……まずはその魔石を使って、日本政府に『お掃除』のデモンストレーションを見せてやれ」


「ひひっ! 交渉成立だ! 悪魔の弁護士ロイヤー!」


 ヒミコは興味なさそうに欠伸をし、ボロボロの二人を見上げた。


「……おじさんたち、うるさい。お掃除終わったら、おにぎり、買ってね」


 国家の危機をよそに、世界を根底から覆す「魔導科学」が、港区の洋館で産声を上げた。


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