第25話 摩天楼の狩人
ニューヨーク、セントラルパーク。
摩天楼の谷間に広がる、緑のオアシス。
そのベンチで、ヒミコは格闘していた。
「……これ、顎外れる」
彼女の手にあるのは、ハワードが用意させた特大のニューヨーク・ベーグル。
たっぷりのクリームチーズとスモークサーモンが、まるで火山のように溢れ出している。
ヒミコは大きく口を開け、ガブッとかぶりつく。
「……んぐ。おいしい」
平和な午後。
源田はコーヒーを啜り、レイナはサングラス越しにジョギング中のニューヨーカーたちを眺める。
剣崎だけが、木陰で腕を組み、鋭い視線を周囲に走らせている。
「……来るぞ」
剣崎が呟いた、その瞬間。
ババババババッ……!
上空から、鼓膜を叩くローター音。
黒塗りのステルスヘリが三機、木々の梢を揺らして急降下してくる。
同時に、茂みの中から、フルフェイスのヘルメットと防弾チョッキで武装した特殊部隊員たちが、音もなく湧き出した。
「動くな! USアーミーだ!」
「対象を確保せよ! 抵抗する者は排除する!」
公園の広場は、一瞬で戦場と化した。
逃げ惑う観光客。泣き叫ぶ子供。
最新鋭のライフルが、ベーグルを食べる少女に向けられる。
◇
だが、ニューヨーカーたちは強かった。
彼らは逃げながらも、ポケットから「武器」を取り出していたのだ。
スマートフォンだ。
「おい、映画の撮影か?」
「いや、ガチだ! あれ、ニュースでやってた『日本の聖女』じゃん!」
「SWATが子供を狙ってやがる!」
TikTok、Instagram、YouTube。
無数のレンズが、この理不尽な暴力を捉える。
『#CentralParkSiege(セントラルパーク包囲)』
配信開始から数秒。視聴者数は万を超え、指数関数的に跳ね上がる。
源田は、無数に向けられたスマホのレンズを一瞥し、ニヤリと笑った。
「……最高の舞台装置だ。ヒミコ、掃除の時間だ」
「ん。……食べてから」
「剣崎」
「御意」
部隊の指揮官が、無線に向かって叫ぶ。
「確保開始! テーザー銃、発射!」
数十人の隊員が引き金を引く。
同時に、剣崎蒼司の姿がブレた。
――ヒュンッ。
音が、置き去りにされる。
カメラのフレームレートでは捉えきれない神速。
『縮地』と『テレポート』の複合機動。
刹那、銀色の閃光が奔った。
キンッ、キンッ、キィィン!
硬質な金属音が連続して響く。
隊員たちが「え?」と手元を見る。
彼らが構えていた最新鋭のアサルトライフルが、まるで豆腐のように、銃身の半ばから斜めに切断されていた。
断面は鏡のように滑らかで、熱すら帯びていない。
「な、何だ!? 銃が……斬られた!?」
「武器を持たぬ者に銃を向けるか。……無粋」
隊員たちの間を、剣崎の残像が駆け抜ける。
魔剣『白雪』が、白銀の軌跡を描く。
シュン、シュン、シュンッ!
風を切る音。
次の瞬間、彼らが着用していた最高強度のケブラー製防弾チョッキが、紙細工のように切り裂かれ、パラパラと地面に落ちた。
中の皮膚は、薄皮一枚すら傷ついていない。神業の斬撃。
「ひっ……ば、化け物……!」
最強の盾を失い、腰を抜かす隊員たち。
剣崎は刀を納め、彼らの襟首を掴んで、枯れ枝のように軽々と投げ飛ばした。
ドサッ、ドサッ、ドサッ!
装備を切り裂かれ、無防備な姿となった隊員たちが、次々と高い木の枝に引っかかり、ぶら下がる。
『WTF!?(なんだこれ!?)』
『Ninja? No, Samurai!』
『ライフルを一刀両断とか、映画かよ!』
『米軍の精鋭が赤子扱い……クールすぎる!』
世界中のコメント欄が、驚愕と興奮で埋め尽くされる。
銃声は一発も響かない。
ただ、ベーグルを食べるヒミコの後ろで、最強の兵士たちの武器がバターのように切り裂かれ、木の実のようにぶら下がっていくシュールな光景。
「くそっ、撤退だ! 作戦中止!」
指揮官の男が、パニック状態で無線機を掴み、逃げようとする。
その行く手を、ヒールの音が塞いだ。
「あら。もうお帰り?」
レイナだった。
彼女はスマホを自撮りモードにして、指揮官の顔をドアップで映し出す。
「ひっ……!」
指揮官が後ずさる。
レイナの瞳が、妖しく輝いた。
『心眼』――それは人の心を覗くだけではない。強烈なイメージを脳内に送り込み、思考を誘導する『逆流』の力。
レイナには見えていた。
男の腹の底に溜まった、昇進への焦り、汚職、そして今回の作戦の黒幕の顔。それらがヘドロのように渦巻いているのが。
「あんたの色、ドロドロすぎて見てられないわ。……全部、カメラに話してスッキリしなさいよ?」
レイナが囁く。
同時に、男の脳内に『懺悔の快感』という強烈なイメージを叩き込む。
ガクン、と男の膝が折れた。
彼の瞳から、理性の光が消え、虚ろな焦点になる。
「……あ、ああ……そうだ、言わなきゃ……」
指揮官はカメラに向かって、独り言のように、しかしハッキリと語り始めた。
「俺に命令したのは……国防総省のタカ派、マクガバン将軍だ……」
「作戦名は『エンジェル・ハント』……日本の聖女を拉致し、生体兵器として解剖する計画だった……」
「この作戦の裏金は、すでに俺のケイマン諸島の口座に……」
全世界に生配信される、国家レベルの陰謀と汚職の告白。
止まらない。止められない。
男は憑かれたように、自らの罪を、黒幕の名前を、口座番号に至るまで、全てを吐き出し続ける。
『マジかよ……』
『映画じゃねえ、これ現実だぞ!』
『拡散しろ! これは消される前に保存だ!』
世界中が震撼する中、レイナは冷ややかに笑い、スマホのレンズを男に向け続けた。
◇
数分後。
公園には、静寂が戻っていた。
木々に吊るされた特殊部隊員たちが風に揺れ、指揮官は全てを吐き出し尽くして白目を剥いて気絶している。
ヒミコは最後の一口を飲み込み、口の周りについたクリームチーズを拭った。
「……ごちそうさま」
源田が、配信中のスマホに向かって歩み出る。
そして、世界に向けて冷徹に告げた。
「我々は自由を愛する。だが、我々の自由を侵す者には、相応の報いを受けてもらう」
源田の眼鏡が、西日でキラリと光る。
「治療を望むなら、一万円を持って列に並べ。国家の命令だろうが、軍隊だろうが、我々を動かすことはできない。……以上だ」
プツン。
配信が切れる。
ホワイトハウス。国防総省。そして、日本の研究室。
モニターを見ていた権力者たちは、戦慄と共に沈黙した。
物理的な武力(剣崎)。
情報的な支配力。
そして、命を握る絶対的な奇跡。
一人の少女が、世界最強の国家を相手に、完全勝利した瞬間だった。
「ゲンさん。ベーグル、重い」
「……食い過ぎだ。少し歩いて帰るぞ」
「えー。……おんぶ」
世界を震撼させた最強の聖女は、源田の背中に飛び乗り、満足げに欠伸をした。
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