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シーン7 余韻としての関係
翌朝に向けて、特別な準備はなかった。
荷をまとめる必要も、別れを告げる相手もいない。
主人公は、ここに留まる理由も、去る理由も同じ強度で持っている。
それは理由と呼ぶほどのものではなく、状況として並んでいるだけだ。
誰とも結ばれていない。
だが、孤立しているとも言えない。
名を呼ぶ声はないが、
声をかければ応じる距離には、人がいる。
世界は、彼女を前へ押し出さない。
同時に、留めようともしない。
期待も、失望も、すでにこの場所には存在しない。
失敗も成功も、評価の軸を失っている。
だから、笑いも起きない。
コメディは成立しない。
代わりに残るのは、余韻だ。
何かが終わった感触でも、始まる予感でもない。
関係は、関係として完結しないまま、そこにある。
触れれば崩れるほど近くはなく、
離れれば消えるほど弱くもない。
主人公はその状態を、言葉にしない。
言葉にしないまま、受け取る。
物語は、ここで一区切りを迎える。
結末ではなく、沈静として。
余韻だけを残して。




