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シーン6:沈静化した時間
夜は静かで、音は必要な分だけ存在していた。
宿の部屋は簡素で、灯りは弱く、外からは人の気配も届かない。
主人公は腰を下ろし、今日一日を思い返す。
だが、振り返るための節目がない。
決断はしていない。
選択肢を吟味した記憶もない。
何かを失った感触もなければ、
何かを得たという手応えもない。
それでも、足りないとは思わなかった。
作業場での短い労働。
食堂の温い食事。
共有空間での沈黙。
夕暮れの、言葉を伴わない親密さ。
どれも、評価に結びつかない出来事だった。
比較の対象もなく、点数も付かない。
ここで彼女は、はっきりと理解する。
役割が与えられていない状態では、
期待も、失望も、発生しない。
誰かより上でも下でもなく、
誰かの物語を補完する部品でもない。
それは、自由と呼ぶには派手すぎる。
むしろ、音のない場所に近い。
静けさは、空白ではない。
満たされていないわけでもない。
ただ、揺れない。
主人公は灯りを落とし、横になる。
明日をどうするかは、考えない。
考えなくても、夜は過ぎる。
それで十分だった。




