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シーン5:恋愛の気配(非イベント)
作業が終わる頃には、空は低い橙色に染まっていた。
宿の共有空間には、仕事を終えた者たちが三々五々集まり、疲労をそのまま腰に下ろしている。
主人公は長椅子の端に座り、湯気の立つ杯を手にした。
向かいでは、昼間に同じ作業をしていた人物が、特に用もなく腰を下ろす。
視線が一度、合う。
互いに逸らさない。だが、意味も付けない。
「今日は静かでしたね」
「この時間は、いつもこんなものです」
会話はそれだけで途切れる。
沈黙が挟まるが、不快さはない。誰かが話題を探す様子もない。
椅子の距離は近いが、意図はない。
隣に座っていることが、説明を要しない配置として成立している。
周囲の者たちは、それを見ていない。
あるいは、見ていても気に留めない。
告白はない。
先を期待する空気も生まれない。
この親密さは、行為ではなく状態だ。
始まりを持たず、進行を要求せず、終着点も設定されていない。
主人公は、その気配を受け取る。
だが、言葉に変えない。
過去と結びつけない。
未来にも接続しない。
それはただ、夕暮れの中に置かれた一つの温度として、そこにあった。




