シーン6:偶然に支配されることの理解
夜は静かだった。
宿の一室は狭く、灯りは最低限に絞られている。
窓の外では風が弱く、昼間の雨の名残が地面に残っている気配だけがあった。
主人公は腰を下ろし、今日一日のことを思い返す。
計画した行程は、ほとんど守られていない。
出立の時点で定めた予定は、分岐点で形を失い、
雨と他人の一言と身体の疲労によって、自然に書き換えられていた。
予測もしていない。
期待もしていない。
それでも、問題は起きていない。
危機はなく、
幸運と呼べる出来事もない。
ただ、移動し、泊まり、食べ、休んだだけだ。
彼女は気づく。
これから先、
成功は保証されない。
失敗も、同様に保証されない。
役割は与えられず、
評価軸も用意されない。
出来事は起きる。
だが、それは意味を伴わない。
誰かに選ばれた結果ではなく、
何かを成し遂げた証明でもなく、
伏線として配置されたものでもない。
ただ、起きる。
彼女は、それを恐怖として受け取らなかった。
不安としても、期待としても処理しない。
理解が、静かに落ち着く。
これが、
物語ではない世界の通常運転なのだ。
筋書きがなく、
中心人物もおらず、
結末を急ぐ理由もない。
偶然は支配している。
だが、それは支配というより、空白に近い。
彼女は横になり、灯りを落とす。
明日の行き先を決めないまま、眠りに入る。
世界は、彼女に何も要求しない。
そしてそれこそが、
ここから始まる生活の前提条件だった。




