シーン5:選択なき分岐
街道は、静かに二つに分かれていた。
片方には、擦り切れた標識が残っている。
遠回りになるが、道は整っており、宿場も点在していると示していた。
もう一方には、標識がない。
踏み固められてはいるが、管理の気配は薄い。
主人公は立ち止まる。
だが、逡巡はしない。
安全性、距離、所要日数――
それらを比較するための思考は、立ち上がらなかった。
合理性は、ここでは判断基準として呼び出されない。
近くを通り過ぎた旅人が、独り言のように呟く。
「こっちは、今日は空いている」
空を見上げると、雲は低く、再び雨の気配がある。
足には、わずかな重さが残っている。
靴の内側が、まだ完全には乾いていない。
それらは、理由にならない。
判断材料として整理されることもない。
ただ、重なった。
主人公は、標識のない方へ足を向ける。
意識的な選択ではない。
身体が、そちらへ流れただけである。
これは決断ではない。
意志の表明でもない。
将来を分ける選択でもない。
分岐は、通過された。
意味づけを与えられる前に、背後へ流れていく。
ここで、物語的選択は完全に消失する。
「なぜこちらを選んだのか」という問いは、成立しない。
選ばれなかった道も、彼女の中で未練を残さない。
道は続き、
彼女は歩き、
世界は、何も判断を下さない。
流れだけが、静かに前へ進んでいた。




