シーン4:王子との遭遇
回廊は、移動のためだけに存在していた。
授業と授業のあいだを縫うように、人が流れていく。
立ち止まる者は少なく、会話も短い。
ここでは物語は滞留しない。
私はその流れの中にいた。
目的地を意識し、歩幅を揃え、
特別なことを期待せずに。
そのとき、空気がわずかに整った。
説明するほどの変化ではない。
ただ、ざわめきが均され、
歩調が一瞬だけ揃う。
視線が集まる方向を、
人は無意識に避ける。
そこに王子がいた。
側近が一歩半、後ろに控えている。
距離の取り方が正確で、
それ自体が役割を示していた。
すれ違うだけのはずだった。
だが、王子は立ち止まった。
「おはよう」
声は落ち着いていて、
周囲を圧迫しない音量だった。
名前を呼ばれ、私は足を止める。
態度は完璧だった。
親しみと敬意が、
過不足なく配分されている。
そこには、好意があった。
提示ではなく、前提として。
最初から配置されていたものが、
予定通り表に出ただけだ。
私は礼を返す。
形式に沿った、適切な角度で。
それ以上でも、それ以下でもない。
言葉は続かず、
王子は再び歩き出す。
側近がそれに従い、
流れは元に戻った。
回廊は、再び回廊になる。
胸の内を確認するまでもなかった。
鼓動は変わらず、
記憶の輪郭も曖昧なままだ。
この場面に、
イベント感はない。
起きたのは遭遇であって、
始まりではなかった。
物語は、
ここでも動かなかった。




