シーン5:変化が起きないことの理解
夜の執務室には、灯りが一つだけ残されていた。
王子は書類に目を通し終え、羽根ペンを置く。指先に残るインクの感触が、今日一日の終わりを告げている。窓の外では、王城の庭が静まり返り、風の音すら届かない。
彼は、自分の状態を整理する。
成長していない。
だが、転落もしていない。
判断力は保たれている。規律も崩れていない。努力を怠った記憶もなければ、慢心に身を委ねた覚えもない。すべては、これまでと同じ水準で維持されている。
だからこそ、結論は明確だった。
変わるための条件が、与えられていない。
挑戦がなかったわけではない。職務はある。決断もある。しかし、それらは既に用意された枠の中で完結している。超過も不足も生じない。結果は想定通りに収まり、想定外の反応は返ってこない。
彼は不満を抱かない。
現状に対する怒りも、焦燥も、芽生えない。
疑問は浮かぶ。
だが、それは問いにならない。
問いとは、答えを要求する意志だ。
彼の中には、その意志が形成されていなかった。
王子は椅子の背にもたれ、静かに息を吐く。夜は深まっていくが、思考はどこにも進まない。止まっているわけではなく、同じ場所を正確になぞり続けているだけだ。
灯りの下で、彼は変わらない。
それは欠陥ではない。
この世界においては、それが現実だった。




