シーン3:無効化という感覚
執務の合間、王子は側近から定例の簡潔な報告を受けていた。内容はいつも通りだ。行事の進行、学園内の空気、貴族子弟の動向。どれも滞りはなく、修正を要する点もない。
報告は短く終わる。
そして、そこで終わってしまう。
王子は、その「欠如」に気づいた。
本来であれば付随するはずの言葉がない。
懸念、助言、注意喚起。
あるいは、私的な感想。
側近は職務を果たしている。沈黙は怠慢ではない。報告すべき事実が存在しないだけだ。
王子は自分の立場を確認する。
王位継承者としての権限。
公的行事での振る舞い。
対人関係における距離の取り方。
いずれも、教えられてきた通りで、逸脱はない。
言葉も同じだ。
過不足のない挨拶。
相手を尊重する選択。
期待を押しつけない態度。
行動は、常に正しい。
それにもかかわらず、何も引き起こしていない。
噂も生まれない。
関係性も進まない。
修正すべき摩擦も発生しない。
ここで王子は、初めて一つの感覚に辿り着く。
自分の行動が、作用していない。
否定されたのではない。遮断されたのでもない。
ただ、結果として換算されていない。
「無効化されている」
その言葉が、彼の内側で静かに成立する。
だが、その認識は怒りに変わらない。屈辱にもならない。行動は誤っておらず、失敗という評価が下せないからだ。評価できないものに、感情は結びつかない。
側近が一礼し、退出する。扉が閉まる音が、やけに整って聞こえた。
王子は書類に視線を戻す。筆を取る手は、普段と変わらず安定している。
何も起きていない。
そして、自分がそれを起こせていない理由も、存在しない。
その二つが並立したまま、彼の時間だけが、滞りなく進み続けていた。




