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シーン4:悪役令嬢自身の認識変化
夜の私室は静かだった。
灯りは抑えられ、机の上には読みかけの書類がそのまま置かれている。悪役令嬢は椅子に腰掛け、何も記されていない壁をしばらく見つめていた。
彼女は理解していた。
自分は勝っていない。
だが、負けてもいない。
誰かを退けたわけでも、退場させられたわけでもない。勝敗を示す場面そのものが、訪れなかった。かつて当然のように用意されていた分岐が、気づかぬうちに消えている。
恋愛で評価されること。
誰かと比較されること。
敗北によって舞台を降りる可能性。
それらは、音もなく外されていた。壊れたわけでも、奪われたわけでもない。ただ、参照されなくなっただけだ。
彼女は安堵しなかった。
歓喜もしない。
胸に生じたのは、軽さでも解放感でもなく、空白に近い感覚だった。
そして、初めて言葉として認識する。
――役割が、与えられていない。
それは不安とも自由とも呼びきれない状態だった。
彼女はまだそこに立っている。ただ、立つべき位置を指定されていないことを、静かに自覚していた。




