シーン3:拒否が起きないことへの違和感
理解が終わったあと、私は少し待った。
感情が遅れて到着することは珍しくない。
驚きや恐怖は、理屈のあとからやって来るものだ。
だが、何も起きなかった。
胸の内側は静かで、
水面のように凪いでいる。
風が吹く予定だった場所に、
ただ空気だけがある。
私は自分の感情を観察する。
探すというより、確認に近い。
嫌だ、という反応は見当たらない。
拒絶も、反発も、逃避の衝動もない。
それが、少し不思議だった。
乙女ゲームのヒロインになる。
物語の中心に据えられる。
多くの視線と期待を引き受ける。
本来なら、
重たいと感じても不思議ではない。
だが、負担にはなっていなかった。
肩に何かを載せられた感触が、
そもそも存在しない。
同時に、
引き受けたいという気持ちも生まれない。
前向きでも、後ろ向きでもない。
立ち止まっているわけでもない。
ただ、距離がある。
私はその距離を、
ようやく言葉にできた。
近づきすぎていない。
離れすぎてもいない。
だが、踏み込む位置には立っていない。
ここで初めて、
物語との関係が定まる。
私は物語を拒んでいない。
けれど、迎え入れてもいない。
それは無関心とは違う。
理解したうえで、
まだ触れないという態度だった。
世界は静かに待っている。
私も、静かに待っている。
そのあいだに、
何も起きないという事実だけが、
確かに積み上がっていった。




