第5章:断罪されない悪役 シーン1:断罪準備の不発
評議の間は整えられていた。
床は磨かれ、椅子は数を揃えて並べられ、中央の演台には布が掛けられている。式典用の配置も、学園集会用の導線も、いずれにも転用できる曖昧な準備が施されていた。
人は集まっていた。
教師、関係者、立ち会うはずの役職者。誰もが開始前の空気を共有している。しかし、開始の合図だけが届かない。鐘は鳴らず、名前は呼ばれず、誰も前に進まない。
理由は単純だった。
告発が存在しない。
被害の申告が存在しない。
感情的対立を裏付ける証拠も、どこにも見当たらない。
誰かが中止を宣言する必要はなかった。中止するための理由も、宣言する権限も、いずれも必要とされなかったからだ。人々は立ち去らず、かといって始めもしない。予定は延期という形で宙に浮かされ、そのまま参照されなくなっていく。
布は外されず、椅子は使われない。
会場は壊されないが、上演もされない。
断罪イベントは失敗しなかった。
ただ、起動条件を満たさなかった。
「未起動」という状態のまま、記録にも記憶にも強く残らず、静かに消えていった。




