シーン6:対立イベントの消失
本来なら、
ここで噂が立つ。
誰かが見た、という話。
誰かが聞いた、という尾ひれ。
二人の名前が、
意図せず同じ文脈で並べられる。
次に、誤解が生まれる。
説明されない沈黙や、
切り取られた一場面が、
意味を与えられる。
そして、公的な衝突。
呼び出し、糾問、
形式張った場での対峙。
物語は、
その順序をすでに用意していた。
だが、何も起きない。
噂は立たない。
素材が存在しないからだ。
誤解も生まれない。
切り取れる場面が、
最初から用意されていない。
公的な衝突に至っては、
起案すらされない。
世界はイベントを準備していた。
だが、起動条件を失った。
誰かが失言をしたわけでもなく、
誰かが動かなかったわけでもない。
ただ、
摩擦が生じる配置そのものが、
静かに消えていた。
物語は進行を止めない。
時間は流れ、
日課は続く。
だが、
「次に何が起きるか」という予定だけが、
消失する。
線路は残っている。
だが、
行き先が書かれていない。
世界は、
戸惑いを表に出さない。
それでも、
内部で何かを探し始めている。
物語は壊れていない。
ただ、
予定を失ったまま、
静かに走り続けている。




