シーン3:期待されていた摩擦が発生しない
周囲は、静かに身構えていた。
生徒たちは視線を交わし、
侍女は一歩引いた位置を選び、
側近は沈黙の意味を測る。
二人が同じ空間にいる。
それだけで、
何かが起きる準備が整う。
牽制の言葉。
行き違いの視線。
小さな誤解。
どれも、
今まで幾度となく繰り返されてきた、
お決まりの導入だった。
私は、その期待を知っている。
だが、踏み込まない。
一歩近づけば、
相手の意図を測ることになる。
言葉を足せば、
感情が動いたと誤解される。
だから、必要以上のことをしない。
悪役令嬢も同じだった。
彼女は攻めない。
だが、引きもしない。
防御の姿勢を保ったまま、
間合いを崩さない。
互いに、
相手を倒す理由を持たない。
優位を示す必要もない。
同時に、
味方に引き込む理由も存在しない。
協力すれば、
立場が曖昧になる。
距離を縮めれば、
役割が崩れる。
そのどちらも、
今は望まれていない。
結果として、
衝突は起きなかった。
言葉はすべて無難に処理され、
視線は正しい位置で交わされ、
沈黙は不自然にならない長さで終わる。
対立イベントは、
発生条件を満たさないまま、
静かに流れていく。
誰かが失敗したわけではない。
判断を誤った者もいない。
ただ、
物語が期待していた摩擦だけが、
行き場を失った。
世界はまだ整っている。
だが、その整い方に、
わずかな戸惑いが混じり始めていた。




