シーン5:世界の微細な戸惑い(観測者ノイズ)
学園の中では、日常的な観測が続いていた。
友人たちは噂話を交わし、教師は帳簿に目を通し、側近は定期報告を整理する。
どの立場においても、出てくる言葉は似通っている。
「まあ、何も起きていないな」
それは安心でも、落胆でもない。
単なる状況確認だった。
友人の一人は、昼休みの会話の途中でそう口にする。
すぐに別の話題に移り、違和感は冗談にもならないまま消える。
教師は成績表を閉じ、規律報告を確認し、次の案件へ進む。
特記事項はない。
特別な指導も不要だ。
側近は報告書に目を落とし、短く結論づける。
「特に変ではありません」
判断は保留されるのではない。
判断する理由が、存在しないだけだった。
だが、内部では小さな齟齬が積み上がっている。
想定していた変化が、発生していない。
関係性が動く兆しも、対立に転じる気配もない。
修正すべき点は見当たらない。
是正するための理由も提出できない。
世界はこの時点で、二つの事実を同時に抱える。
進展しない理由を、特定できない。
それでいて、異常とも認定できない。
この矛盾は、表には出ない。
誰も問題提起をしないからだ。
結果として、世界は動きを止めないまま、進まなくなる。
誰も失敗していない。
誰も判断を誤っていない。
それでも、予定されていた次の段階だけが、現れない。
この微細な戸惑いこそが、
静的コメディの発生点だった。
笑いは起きない。
緊張も生まれない。
ただ、世界が「進まないこと」を、静かに観測し始める。
物語はまだ壊れていない。
だが、進行音だけが、わずかにずれて鳴り続けている。




