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乙女ゲーのヒロインに転生するも王子が好みではない  作者: 南蛇井


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12/20

シーン5:世界の微細な戸惑い(観測者ノイズ)

学園の中では、日常的な観測が続いていた。

友人たちは噂話を交わし、教師は帳簿に目を通し、側近は定期報告を整理する。

どの立場においても、出てくる言葉は似通っている。


「まあ、何も起きていないな」


それは安心でも、落胆でもない。

単なる状況確認だった。


友人の一人は、昼休みの会話の途中でそう口にする。

すぐに別の話題に移り、違和感は冗談にもならないまま消える。


教師は成績表を閉じ、規律報告を確認し、次の案件へ進む。

特記事項はない。

特別な指導も不要だ。


側近は報告書に目を落とし、短く結論づける。


「特に変ではありません」


判断は保留されるのではない。

判断する理由が、存在しないだけだった。


だが、内部では小さな齟齬が積み上がっている。


想定していた変化が、発生していない。

関係性が動く兆しも、対立に転じる気配もない。


修正すべき点は見当たらない。

是正するための理由も提出できない。


世界はこの時点で、二つの事実を同時に抱える。


進展しない理由を、特定できない。

それでいて、異常とも認定できない。


この矛盾は、表には出ない。

誰も問題提起をしないからだ。


結果として、世界は動きを止めないまま、進まなくなる。


誰も失敗していない。

誰も判断を誤っていない。

それでも、予定されていた次の段階だけが、現れない。


この微細な戸惑いこそが、

静的コメディの発生点だった。


笑いは起きない。

緊張も生まれない。

ただ、世界が「進まないこと」を、静かに観測し始める。


物語はまだ壊れていない。

だが、進行音だけが、わずかにずれて鳴り続けている。

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