ただの独白で書き殴りです。
本当はロス・ロボスの続きを書きたかったのですが、そんな気持ちにもなれず、本当にただの書き殴りです。
風が鳴っている。季節が冬に向かっているせいでもあるし、単純にここが山奥で、夜には気温が急落するからだろう。冷えた空気が頬をなぞるたび、まるで誰かに「本当に行くのか」と問い直されているような気分になる。だが足は止まらない。止めても意味がない。ここまで来て引き返す理由は、どこにも残っていない。
出発の日が近い、と告げられたとき、覚悟はとっくに決めていた。
いや、覚悟なんて言葉は大げさかもしれない。選んで、辿り着いて、そうなるように生きてきただけのことだ。
思い残すことは多くあれど、後悔はない。
むしろ、誇りがある。国のために、家族のために、そして何より、自分の生き方のために戦うことを、俺は恥じてはいない。
ただ――
ときどき、自分を外側から覗き見るような瞬間がある。
夜、部屋の窓ガラスに映った自分の顔を見たとき。
訓練で泥まみれになりながら、ふと影を落としたヘルメット越しの目がこちらを見返してきたとき。
そんな折にいつも思うのだ。
お前はいつから、こんな顔をするようになった?
思えば、小学生の頃の夢は獣医だった。
動物が好きで、拾った猫を抱えて離さなかったあの日から、その願いはずっと胸にあった。
テレビで流れる動物救助の特集を食い入るように見て、「大きくなったら、俺もああやって助けるんだ」と本気で信じていた。
あの頃の俺には、自分がどんな人生を歩むのかなんて、想像もついていなかった。
勉強が得意じゃないと気づいたのは中学生になってからだ。
獣医になるには頭が良くなければいけない。そんな当たり前の事実を知った瞬間、夢は静かに手から滑り落ちた。
誰に責められたわけでもないのに、なぜか自分が敗北したような気分だった。
あの日、教室の隅で一人、壁に掛かった校歌の額縁をぼんやりと見つめていた自分を、今でも覚えている。
その次に夢見たのは小説家だった。
これがまた妙に長く続いた。
中学二年から大学三年まで、実に八年ものあいだ、「俺は作家になるかもしれない」という幻想を抱いて生きていた。
きっかけは、文化祭で上演された劇の脚本が金賞を取ったことだ。
クラスメイトは口々に俺を褒めた。「すげぇな」「お前才能あるよ」「これ本当に中学生が書いたの?」――その言葉が胸を叩き、脳の奥で火花のように光った。
その成功体験を、俺はずっと抱きしめていた。
高校に進んでも、大学に進んでも、忘れることはなかった。
だからこそ、芸術大学の文学部にまで進んでしまったのだと思う。
「俺は物語を作る側の人間だ」なんて、どこかで本気で思っていた。
だが、現実は残酷だった。
大学で出会ったのは、俺よりも圧倒的に文章が上手いやつらばかりだった。
読む量も、理解力も、語彙の深さも、土台から違った。
ああ、俺はただの井の中の蛙だったのだと、思い知らされた。
それに気づくのに、三年近くもかかった。
いや、もっと早くに気づいてはいた。
でも気づかないフリをしていた。気づきたくなかった。否定したくなかった。諦めたくなかった。胸にある創作の熱を捨てることができなかった。
だが現実を見れば、就職活動の波が押し寄せていた。
そしてそれは諦めるには、いい口実だった。
出版社も新聞社も広告代理店も、最初から選択肢に入れなかった。
いや、入れられなかった。
受けたところで何も残せていない自分が落ちるのが目に見えていたし、何より俺は怖かったのだと思う。
自分の数年間を完全に否定されるのが。
だから、逃げるようにして自衛隊を選んだ。
世間から見れば奇妙な選択に見えるだろう。
芸大まで行って、決して安くない学費を払って、その結果が士官ですらない。たかが一兵士だと。
「なんで自衛隊なんだ?」「もったいねぇ」
言われるたびに、胸が少しだけ痛んだ。
だが仕方なかった。
現実を直視したうえで、自分が生きていくために選んだ唯一の道がそこだったのだから。
誇れる理由なんてない。
でも、それが俺の選択だった。
そして、皮肉にも――俺には銃の才能があった。
新隊員教育の六ヶ月が終わる頃には、俺は教官から射撃の成績を誉められるようになっていた。
まるで生まれつき、銃を覗くために作られたような身体だ、と。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がわずかにざわめいた。
獣医にも小説家にもなれなかった俺に、まさかこんな才能があったとは。
笑うしかなかった。
訓練は厳しく、理不尽で、過酷だ。
しかし、意外にも苦ではなかった。
自分の役割が明確で、やるべきことがはっきりしていて、努力がそのまま成果に繋がる。
大学で曖昧な評価に悩んでいた頃とはまるで違った。
「波裂く我らは銃火なり」
そんな標語めいた言葉を叫びながら、走り込み、撃ち、刺し、倒す訓練を繰り返す。
人を殺すための動きを反復し、身体に刻み込む。
最初は嫌悪があった。
だが慣れとは恐ろしいもので、気づけばそれが日常になっていた。
あるとき、ふと考えた。
この指で引き金を引けば、人は死ぬ。
そして、その指と同じで、夜にスマホの画面を打ち、文章を入力している。
そんな当たり前のことに気づいた瞬間、ひどく滑稽に思えた。
命を慈しんでいた少年が。
物語で世界を作ることを夢見た青年が。
いまでは殺すための技術を身につけ、ためらいもなく引き金を引く準備ができている。
自分で自分が恐ろしくなる瞬間だった。
だが、それでも前に進むしかなかった。
そしてある日――長期演習のために、市街地からも電線からも遠く離れた訓練地へ向かった。
人影のまったくない場所だった。
人工の光がひとつもなく、太陽が沈めば本当に世界から明かりが消える。
その分、夜は異様に深かった。
最初の夜、状況が切れて休息が命じられたとき、俺はふと空を見上げた。
その瞬間――息が止まりそうになった。
星があった。
数え切れないほどの星が。
空一面に散りばめられた光が、まるで手を伸ばせば掬えそうなほど近くに見えた。
こんな空が、この国のどこかに存在していたなんて、信じられなかった。
都会で暮らしていた頃には決して見られない、圧倒的な星の海だった。
銃を抱えたまま、俺は地面に寝転んだ。
そのままずっと空を見上げていた。
演習の緊張が、少しずつ、溶けていく。
自分が殺すための訓練をしている事実すら、一瞬忘れそうになった。
そして、気づけば心の中でこぼれていた。
「こんな景色の下なら――」
本や映画でよくある台詞だ。
「こんな眺めの下で死ねるなら本望だ」みたいな、あの手の言葉。
ずっと作り話だと思っていた。
格好をつけた脚本家の、戯言のように思っていた。
なのに俺は、それ見たとき本気でそう思っていた。
この星空の下で終われるのなら――悪くない、と。
もちろん、死を求めていたわけではない。
ただ、もし死がどこかで待ち伏せているのだとして、
その終わりが、この星の海に見守られるのなら、
それはきっと、ひどく静かで、穏やかな最期だろうと。
だが、現実はそんな物語のようには行かないと今も続くかの戦争を見ていれば分かる。
銃弾で即死だろうか?砲弾やドローン攻撃をくらい四肢が吹き飛んだショック死だろうか?斥候兵に喉元を切り裂かれ失血死だろうか?
戦場で死に方は選べない。
むしろ他者の命を奪う人間にそんな贅沢は許されていない。
そしていま。
銃を整備し、荷物をまとめ、号令を待つ夜が続く。
恐怖がないわけじゃない。
当たり前だ。
死にたくない。
痛いのは嫌だ。
誰だってそうだ。
それでも逃げない。
逃げられない。
選んだのは自分だ。
ここへ来るまでの人生が、そう導いたのだ。
獣医にも、小説家にもなれなかった。
だがそのどれもが、今の俺を作る材料になっている。
動物を救いたかった少年の優しさも、物語に憧れた青年の感受性も、全部どこかに残っている。
そしてその上に、兵士としての技術と覚悟が積み重なった。
もし、生きて帰れたなら――
俺はまた物語を書いてみたい。
ただの文章としてでもいい。
誰に見せるわけでもなくてもいい。
戦場で見た景色を、胸の痛みを、星の輝きを、言葉にして残せるなら、それでいい。
だが、帰れなかったときのことも考える。
そのときは、どうかあの星空の近くで終われたら。
願うことすら烏滸がましいそんな淡い思いを、胸の片隅に忍ばせながら。
明日は戦場だ。いや明後日かもしれない。1週間後、1ヶ月後、1年後、もしくは退官するまでないかもしれない。
それでもその時がくれば俺は行く。
誇りも、後悔も、恐怖も、全部まとめて抱えたまま。
それが俺が選んだ生き方だ。




