第九話
体育の授業は男女別だ。
俺はあまり者の男子と組むが、これはいつもどおりである。
相手の男子もあきらめ顔で俺とのペアを受け入れていた。
ぼっち同士、お互いさまだよね。
女子は離れたところで短距離走をやるらしい。
「おー! 結愛ちゃんすごーい!」
と女子たちが盛り上がっている。
赤松は運動もできるのか……。
顔も一番、スタイルもトップクラス、運動でも女子で一番?
天は二物を与えずとはいったい……??
そう思いながら俺は体育をこなした。
こっちも短距離走だった。
俺のタイムは下から三番目くらい。
とりあえず最下位じゃなくてホッとした。
家に帰ってスマホを見たら、赤松からメッセージが来ていた。
今日は店に行けないし、対戦もできないらしい。
女子らしい装飾が多い可愛らしい文面だった。
「了解」とだけ返しておく。
「二日連続で接点がなしになりそうだな」
口に出してみたら違和感がある。
そりゃそうだろう。
あっちは一軍女子のトップなんだ。
どっちかと言うと、連続で接していたときのほうがおかしいのだろう。
うん、そうだな。
安心して店に向かってシフトに入ったら、すでに光先輩が来ていてウーロン茶を飲んでいる。
「こんにちは、早いですね?」
客は何人かいるけど、光先輩はひとりみたいなので話しかけてみた。
「ああ。昨日、今日と部活が休みだったからね」
光先輩はきれいな顔をこっちに向けて微笑みながら答える。
部活に入ってるのか。
と思いながらちらっと見てみるが、男性客たちは光先輩を気にしながらも話しかけられずにいるようだ。
まあ、光先輩はおそろしいくらいの超美人だし。
俺だって店員という立場じゃなかったら、おそらく話しかけられない。
「対戦相手を探しているのでしたら、またやりましょうか?」
初心者はカードを見てるだけじゃつまらないだろう。
これもまた店員としての仕事の範疇である。
あと、初心者への接待は継続しないとね。
「おっ、ありがとう。ちょうど対戦したかったんだよ」
光先輩はちょっとうれしそうに笑う。
うーん、こういう表情は女性的で可愛らしい。
何と言うか、ふしぎな人だと思う。
「ではデッキを持ってきますね」
「ありがとう」
俺が言うと、光先輩はすかさずまた礼を言った。
マメで律儀な人なんだなあ。
俺が手に取ったのはアグロデッキである。
昨日はコントロールデッキを中心に使ったので、違うコンセプトのデッキと対戦経験を積んでもらいたい。
「今日は攻撃的デッキ……アグロデッキと呼ばれるものを使います」
と光先輩に予告する。
「今日は? とりあえず昨日のものとは戦術が違うってことかな?」
光先輩は怪訝そうにしながらも、何となくニュアンスは感じ取ってくれたようだ。
「そうです。まずは体験してみてください」
と言う。
説明するより体で覚えるほうが大事なのだ。
「うん、わかった」
光先輩はキリッとした表情で応じる。
「コスト1を払って『コボルト斥候兵』を召喚。さらにこいつのコスト減少効果で『笛吹きコボルト』を召喚」
光先輩は知らないだろうから、
「『笛吹きコボルト』は毎ターンコストを1ずつ増やす効果を持っています」
と説明しておく。
「!?」
光先輩はぎょっとした顔になる。
「えーっと、斥候兵でコストを軽減して、笛吹きでコストを増やしていくっていう戦術なのかな?」
おそるおそる確認してきた。
「そうです。斥候兵は妖精族のコストを1減少させる力があります。見たら破壊するのは鉄則と言われてますね」
と告げる。
『コボルト斥候兵』は他に何の力もない弱小クリーチャーだが、クリーチャーを展開していく起点となるからだ。
「一応言っておきますが、斥候兵の効果は重複します。つまりこいつを三体出せば、コスト6必要な大型クリーチャーを、コスト3で出せちゃうんです」
と説明する。
光先輩はおそらくこれも知らないだろうからだ。
「うわぁ……駆け出しの僕でも、【コボルト斥候兵は見たら破壊する】がセオリーだって、理解できてしまったよ」
案の定、光先輩のきれいな顔が引きつっている。
アグロデッキの凶悪な一面を理解してもらえたようで何より。
「そういうわけでコントロールデッキで対処しないと、大変なことになりますよ?」
俺は挑発半分、説明半分のつもりで告げる。
「なるほど。そういう意図なんだね」
光先輩は納得したようにうなずく。
そして一枚カードを山札から引いた。
「じゃあこれならどうかな? コスト1を払って【ゲリラ豪雨】」
光先輩はカードを出す。
おっと、指定したクリーチャーを一体破壊できるフラッシュカードだ。
「このカードで『コボルト斥候兵』を指定。破壊する!」
と光先輩は宣言する。
俺は素直に『コボルト斥候兵』を墓場へ移動させた。
「さて。『コボルト斥候兵』が墓場に行ったので、このフラッシュカードをコストなしで出せます」
「!?」
俺の言葉に光先輩はぎょっとする。
「『コボルト斥候兵』は出したらみんな破壊しにくるので、破壊されたときのためのカードを入れておくのはセオリーですね」
なるべく感情を乗せないように、淡々と話す。
「なるほど、勉強になるなあ!」
と言いながら、光先輩は複雑な顔をする。
「フラッシュカードは【響く警告】。コスト3以下のコボルト族を、コストを払わずに山札から特殊召喚できる。俺が出すのは『コボルト暗殺者』」
と説明しながら『コボルト暗殺者』を出す。
「『コボルト暗殺者』の特殊効果は【奇襲】。このクリーチャーは召喚直後に、相手プレイヤーにアタックできる!」
「え!? 敵のターンでもアタックできるクリーチャーがいるんだ!?」
効果を知った光先輩が目を見開きながら叫ぶ。
「自分のターンならアタックされないというのは、初心者にありがちな勘違いですね」
と俺は話す。
カードがいまほど増える前までは、自分のターンでしか攻撃できなかったらしいけど。
いまは時代は変わったのだ。
「はー! 負けた! 攻撃的デッキって呼ばれている理由がよーくわかったよ」
光先輩はさっぱりした表情で言う。
大量のコボルト系クリーチャーで殴られたあととは思えない。
「伝わったのなら何よりです」
と応じながらも俺は内心ほっとしていた。
アグロデッキのこわさは噛み合ったものを見せないと伝わらない。
手札が事故っていたらかっこつけられなかったよね。
ある意味で綱渡りだったと言える。
ふーっ、かっこつけられてよかった。
「どうします? 感想戦やります?」
と確認してみる。
「うん、ぜひ。僕の対応の何がまずかったんだと思う?」
光先輩は真剣な表情で訊いてきた。
「『コボルト斥候兵』の破壊したあとの想定が甘かったことですかね」
と指摘する。
「あー、やっぱりかー。あそこはどうしたらいいんだろう?」
光先輩は驚きを見せず、思案顔になった。
「あそこはフラッシュカードで、俺のフラッシュカードを封じるとかですかね」
俺は凡例をあげておく。
「なるほど。禁止系のカードってそこで生きて来るんだね」
と光先輩はうなずいた。
「逆に言うと、あそこで禁止系のカードを出せないなら、『コボルト斥候兵』は破壊しないほうがいいでしょうね」
俺は答える。
『コボルト斥候兵』が破壊されたときの手がないプレイヤーなんて、光先輩のような初心者くらいだろう。
「ほうっておくと攻撃の起点になるけど、破壊しても攻撃の起点になるんだね」
ちょっといやそうに光先輩の顔がくもる。
「そりゃあアグロデッキと呼ばれるゆえんですからね」
どこからでも攻撃につなげられないようだと、アグロデッキ使いとしては一人前ではない。
そんな風に言われたりするくらいだ。
「どうやって妨害していくかをしっかり組み立てなきゃかー」
と言って光先輩は頬をぽりぽりとかく。
「そうなりますね」
妨害ができないコントロールデッキなんて、動かない自動車みたいなもの。
存在価値を問われるのだ。
光先輩が帰り、バイトも終わった帰り道、スマホを見ると赤松からメッセージが届いてた。
「明日会えない?」
と要約できる内容で。




