第七話
「ねー! 『マギコロ』のアニメは見てる?!」
と赤松が不意に訊いて来る。
彼女が対戦に疲れたということで、休憩がてら雑談に入った。
「うん、あれを赤松さんって見てるんだ?」
俺は驚きを隠せずに訊き返す。
なぜなら、あのアニメはカード販促用のはずだが、どう見ても男性オタクに標準を絞っているからだ。
ショタ系美少年の主人公はいるけど、可愛い女の子が多い。
しかも赤松や美咲先輩か、それ以上にデッカイ果実や巨峰の持ち主がほとんどで、露出も多め。
さらに状況次第では服がはだけたり、でっかい果実がぶるんぶるんしたりするシーンもそれなりにある。
男の視線を釘付けにすることしか考えてないんじゃないか?
と俺でさえ思うほど。
おまけにカードゲーム世界の伝統に忠実なくらいに、作中の治安は悪い。
女性には絶対にウケないと思い込んでいたのだ。
「うん。可愛い女の子が多いし、カードバトルがカッコいいよね! 実は毎週見てるんだ!」
赤松は無邪気に笑いながら話す。
「そうなんだ」
その発想はなかったと目から鱗が落ちる。
もしかして、陽キャ属性だとアニメの着眼点が違っていたりするんだろうか……?
新鮮な気持ちになった。
「先週のエピソードで、主人公が土壇場でエースクリーチャーを引き当てたのは、お約束だってわかっていてもテンションあがったー!」
赤松は本当に楽しそうに『マギコロ』アニメトークをする。
こんなに楽しそうにされると、俺も話したくなってきた。
「たしかにあれは声が出るよね」
主人公を応援したくなるような演出が上手いと思う。
話してみてわかるが、赤松は本当に『マギコロ』が好きなんだな。
一軍女子、それもトップに立つようなことは接点があるはずがないなんて、思っていた。
けど、彼女に関しては何となく親近感を持てる。
こんな子もいるんだなぁ。
「じゃあそろそろ、また対戦お願いします!」
赤松は言って律儀にペコっと頭を下げる。
「よろしくお願いします」
俺も彼女を見習って頭を下げ、対戦を再開した。
「わたし、そろそろ帰る時間だ!」
と赤松が言って立ち上がる。
時計を見たら五時半を回っていた。
この時間まで俺たちは何度も対戦していて、俺はだいたい八勝二敗くらいのペースだろうか。
「白山台くんって、すごく強いんだねー!」
と赤松は目を輝かせながら言う。
「こんな強い人を、今まで見たことがないかも??」
「さすがに褒めすぎだよ」
俺は彼女の絶賛ぶりに苦笑する。
美咲先輩には四割くらいで負けているし、大きな大会になれば俺より強い人だっているんだ。
「今日は対戦してもらえてよかった! お願いしてみて正解だと思ってるよ! ありがとう!」
赤松は玄関で靴をはき、ニコニコして礼を言ってくる。
「こっちこそ、ありがとう」
俺は素っ気なくしか返せない。
我ながらちょっとないなと思ってしまう。
「明日からはどうする?」
さすがに申し訳なく思えたので、話題を探した。
「あー、ごめん! 明日明後日は無理なんだー!」
赤松は両手を合わせて謝る。
「いや、謝ってもらうことじゃないんだけど?」
とりあえずフォローした。
だって赤松のためにやっていることなので、赤松の都合で動くのは当然だ。
「そっかー! 君ってすんごくいい奴だね!」
赤松はすごくいい笑顔で言い切る。
??? 何でそんな結論が出たのか、さっぱり理解できない。
ただ、褒めてもらえて照れくさかったので、
「いい奴なのは赤松のほうだろう?」
と切り返す。
男向けコンテンツを偏見なく楽しむことができている。
さらに俺とも気さくにしゃべってくれているし。
これだけ切り取ってみたら、一軍女子のトップとは思えないほど。
偏見かもしれないけどさ。
「うーん、そうかな?」
赤松はふしぎそうに首をかしげた。
「とりま、また明日ね!」
ハッとしてた様子であいさつする。
「うん、また明日」
返事すると彼女はドアを開けて出ていく。
「ふー」
と息を吐き出す。
同じクラスの女子がいまさっきまで、この家の中にいるという魔法みたいな時間が終わったのだ。
数日前の俺に言っても絶対に信じないだろうなと思う。
次の日。
赤松と話すタイミングがなかった。
日常になった気がする。
まあ、そんなものだろうと思いながら、校門をくぐったら目の前に人だかりがでできていた。
「王子先輩、さようなら!」
「光王子、またねー!」
女子の集団がひとりの女子生徒にあいさつをして手を振っている。
光王子って呼ばれた先輩って、女性だったのか。
背が高くて百七十くらいあるし、中世的な美形だから遠くからは気づかなかった。
……帰るほうは最初の三分くらいはいっしょだった。
すぐに別れたので納得が強い。
今日は美咲先輩が休みのシフトだし、赤松も来れないとなると、おそらくバイトはヒマだろうな。
と思いながら家で着替えてから、バイト先に向かった。
店に着いたら案の定客はいない。
「やっぱり今日はヒマですね」
ふたりきりなので店長に遠慮なく言う。
「ははは、勘弁してくれよ」
苦笑とともに切り返された。
そりゃ経営者としてはそうだよね。
……今日は本当に人が来ないなあと思いながら一時間が経過した。
「店長、今日は客は来たんですか?」
疑問に思ったので率直に訊いてみる。
「やだなあ。ひとりくらいは来てくれたよ」
というのが店長の答え。
「まあそんな日だってありますよね」
とりあえずフォローしておこう。
「なぐさめられたのが逆につらい」
店長が泣きまねをしたけど、四十歳のおじさんがやるのはきついと思います。
声には出さないが。
美咲先輩がやったらたぶん最高に可愛いし、みんなに同情されまくったんだろうなとも思った。
さすがに言えないが。
沈黙がちょっと痛くなってきたタイミングで、カランカランとベルが鳴った。
ひとりの客が入って来る。
黒髪のショートヘア、中世的な美しい顔。
俺とそんなに背丈が変わらず、グレーのパンツがよく似合ってる人。
光王子って呼ばれていた人だ。
イケメン王子様みたいな人が何でここに?
「えーっと、ここはカードショップですよね? 『マギノコロッセオ』を取り扱っているっていう」
光先輩は質問する声までもがきれいだった。
「そうですよ」
店に関する問い合わせだったので、店長が対応する。
その表情に驚きはない。
「『マギノコロッセオ』をはじめたいのですが、どれを買えばいいですか?」
と光先輩は問いかける。
「詳しくないなら、まずは初心者用のデッキ構築済みパックを購入してみるのがおススメです。初心者でも扱いやすいカードが入っていますし、デッキの組み方も覚えられます」
店長はよどみなく答えた。
まあ「何を買えばいいの?」という質問をする時点で初心者なのは確定。
態度から察するに、おそらくカードゲーム自体詳しくないレベルだと思う。
となるとオススメは事実上一択となる。
「なるほど。ありがとうございます」
光先輩はぺこっと一礼して、迷いながらひとつのパックを手に取った。
「これをください」
「お買い上げありがとうございます。税込み四千四百円になります」
店長がレジに入りながら言う。
「けっこうするんですね」
光先輩は知らなかったらしく目を丸くする。
残念ながらカードゲームの費用は、学生には手痛い出費なのだ。
学生のカードゲーマーが少数な理由のひとつだと思う。
「おやめになりますか?」
店長が手を止めて確認する。
直前になってやっぱりやめたと言い出す客は何人も見て来たしなあ。
「いえ、買います。すみません」
光先輩は結局買うらしい。
「お気になさらず」
店長はにこやかな表情で応対する。
初心者に優しい人だし、この手のやりとりには慣れているせいもあるだろう。
「そうだ、蓮くん。練習相手になってあげたら?」
店長のこの発言に光先輩も驚いてるけど、俺も驚いた。
「え、俺がですか?」
思わず訊く。
「うん。パックをお買い上げいただいたので、今日はワンドリークをサービスしておくからさ」
店長の発言に光先輩はすこし迷ったあと、こっちを見る。
「ごめん。お願いできますか?」
「わかりました」
お客さんが望むと言うなら、店員として受けるしかない。




