第六話
「おー! おはよー!」
次の日の朝、また赤松とギャル風の子とばったり出会った。
今日は校門なのが違うところだ。
「おはよう」
ドキドキしながら返事をする。
声が上ずらなくてよかった。
「いえーい」
「いえーい」
このふたりはあいかわらず朝からテンションが高い。
ハイタッチをしている。
「あ、結愛だ、はよー!」
「結愛、おはよー!」
赤松のところにはすぐに女子が集まり出す。
可愛い子が多いのは気のせいじゃないだろうな。
男子たちもちらちら見ているし。
……いまのうちに教室へ向かおう。
歩いていると女子たちの「キャーッ」という黄色い声が聞こえた。
「何だろう?」
と思ってそっちを見ると、ひとりを女子たちが囲んでいる。
「光王子よ」
「今日もイケメンよね」
女子たちがきゃっきゃっと話す。
王子って呼ばれるようなイケメンがこの学校にはいたのか。
俺には関係ない話だな。
学校は退屈な虚無の時間だ。
学業は最低限やっておかないといけない。
部活に入るかどうかは自由なので入らず、帰宅部としてマイホームにゴー。
と言いたいところだけど、今日は赤松と途中で合流する予定になっている。
学校を出て北へ目指し、長田神社付近のカフェの前で立ち止まった。
みんなは長田駅か、高速長田駅の付近のカフェに行く、というのは赤松から情報である。
五分くらい遅れて赤松はやってきた。
「ごめーん、お待たせー!」
「待ってないよ」
五分くらいなら待ったうちには入らないと思う。
ぼっちの俺とは違って、別れのあいさつを言う友達が多いのだろうし。
「ありがとう」
赤松はニコニコしながら礼を言う。
律儀なんだなー。
「とりあえず俺の家に行くってことでいいんだよね?」
と念押しをする。
「うん、よろしくー」
赤松はあっけらかんと応じて、右手をぴらぴらと振った。
本人が気にしないなら、俺も気にしないようにしよう。
俺と赤松じゃあ何も起こらないだろうし。
俺たちは東の県立高校方面へ歩き出す。
「白山台くんって徒歩通学だったんだねー」
赤松が右隣を歩きながら話しかけて来る。
「そうだよ。そっちは?」
さすがに返事だけじゃあだめだろうと思ったので、訊いてみた。
「わたしは電車だね。と言っても二駅なんだけど」
「月見山か高速神戸あたり?」
どの鉄道を使うかにもよるだろうけど、大まかな位置は間違いじゃないはずだ。
「月見山」
と赤松は答える。
「なるほど」
たしかにあっちにカードショップのたぐいはないし、『マギコロ』の大会がほらかれたこともなかったと思う。
この辺まで赤松が探しに来たのは道理だった。
「ほえー、こういう家なんだね。可愛くていいね!」
赤松はウチを見て褒めてくれるが、可愛いかな?
女子の感性はよくわからない。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
俺たちはそれぞれ言いながら玄関で靴を脱ぐ。
俺は来客用のスリッパを赤松の前に出す。
「リビングでいいかな?」
「うん!」
確認したら赤松は即答する。
女子を通せるほど、俺の部屋は片付いてない。
これでよかったのだと思う。
リビングに通したあと、来客用の紙コップに麦茶を入れる。
「ありがとう! 気が利くね!」
と赤松は言いながらすぐに飲んでくれた。
「どういたしまして」
俺はちょっと気恥ずかしく思いながら返事をした。
「デッキは持って来てる?」
と訊くと、
「うん! 案外バレないものなんだね! にははは!」
赤松は笑いながらカバンから赤いカードケースを取り出す。
「ウチの学校、持ち物検査テキトーみたいだからなぁ」
おそらく落ち着いた雰囲気で、風紀が乱れていないし、問題児ってやつがひとりもいないせいだと思うけど。
「そもそもウチらが入学して数日っていうのもあるかもね!」
赤松の言葉に納得したので、
「それはそうかも」
と相槌を打つ。
階段を一段飛ばしで駆け上がり、机の上に用意していたデッキをつかんで、急ぎで戻った。
「そんな急がなくてもよかったのに」
赤松は優しく笑う。
こういうところ、良い子なんだなーと思った。
「待たせたら悪いから」
しどろもどろに話すと、
「気遣いしてくれてありがとー!」
と赤松は礼を言う。
「い、いや」
赤松のコミュ力に圧倒されそうになる。
「じゃあ、はじめよっか? よろしくね!」
「うん」
俺たちはテーブルでデッキを持って向かい合う。
赤松はいつものアグロデッキ。
ただ、違ったのはコストを増加させるクリーチャーを守るようなフラッシュカードを使ってきたこと。
「おっ、いいね。こいつを守れると、一気に展開できるからね」
と褒めておく。
「だよね! だよね! 考えてみたんだ!」
赤松はうれしそうに話す。
口ぶり的にフラッシュカードを持ってないわけじゃなかったんだな。
「じゃあこれならどうかな? コスト3を払って【大嵐】。土地を除き、場に出ているすべてのカードは墓場に行く」
と言いながら一枚のフラッシュカードを出す。
「うわっ、リセットカードだ!」
赤松の表情がいやそうにくもる。
リセットカード──場に出ているカードを一掃する系のカードの対策はまだできていないらしい。
「こういうカードはどうしたらいいの?」
赤松は上目遣いで訊いて来る。
「リセットされたタイミングで特殊召喚できるクリーチャーを入れるか、リセットを無効化するフラッシュカードを持っておくかだね」
無難な手段としてはこのふたつが挙げられるだろう。
「あとは相手のフラッシュカードの使用を禁止するカウンター系のカードもあるね。ただ、これはレアカードだから、基本は出ません」
最後の説明は大事なのでちゃんとつけ加えておく。
「レアカードなんだー」
赤松はがっくりと肩を落とし、顔と胸をテーブルに押し付けるような姿勢になる。
そういうことをすると、でかいメロンの形がわかりやすくなるような……?
こほん。
視線をずらしながら、
「いっそのこと開き直って、コスト増加クリーチャーを増やすというのも手かもしれないけどね」
と代案を言ってみる。
コストを増やすクリーチャーは他に役割がなく、バトルでも弱いのでコストが低くてレア度も低い。
入手しやすいというメリットがある。
「なるほど!」
赤松はばっと顔をあげて、はじけるような笑顔になった。
近くで見ると心臓によくないレベルで顔がいい。
けど、そのきれいな顔がすぐに怪訝なものに変わる。
「それってバランスを考えなきゃ、エースクリーチャーが来ないやつじゃない?」
と疑問を口にした。
「そうだよ。だから調整をがんばってほしい」
と返す。
これは俺なりの応援である。
「うん、がんばる!」
赤松は笑顔で答え、ポンと自分の胸を叩く。
制服のブラウスの上からでも揺れたのがわかった。
何か無防備な気がする。
「ねーねー! もう一戦してもらっていい?」
赤松は気にせずお願いしてきた。
「いいよ」
と応じる。
「よーし、今度は勝っちゃうぞ!」
赤松は笑顔で言う。
こういう明るさ、気持ちの立て直しの速さは彼女の武器かもしれない。
「今度も負けないよ」
と俺は応じる。
おそらくだけど、手を抜かれるのはきらいだろうし。
「ふふふ」
赤松は楽しそうな笑みをこぼす。
俺もつられて笑みが浮かぶ。
楽しそうに遊ぶ彼女のおかげだろう。
「……負けた~」
俺はがっくりと両肩を落とす。
「やった! 勝てた!」
赤松は両手を叩いてはしゃぐ。
こうして可愛く喜んでいるのを見たら、負けた悔しさが軽減される。
赤松はハッとして、
「手を抜いてくれた?」
とおずおずと訊いてきた。
「まさか。かなり悔しいよ」
俺はガチトーンで答える。
「そ、そう? えーっと、感想戦をやれたらいいなって思うんだけど」
俺の悔しさが伝わったのか、赤松が気遣い表情になった。
「もちろん、やろう」
俺は内心反省しながら即答する。
「と言っても、アグロデッキの強みがきれいに発揮されたって感じだけど!」
と話すと赤松は照れくさそうに笑う。
こういうところも可愛い。
「たまたまかもしれないけど、決まるとうれしいよね! 気持ちいいし!」
赤松は楽しそうに語る。
「だろう? アグロデッキは爽快感がすごいからね」
と俺は大きく肯定した。
あれが決まったのときの気持ちよさは、ちょっと言葉が見つからない。




