第二話
「デッキ破壊系って強いんだね。あんまり対戦したことなかったから、知らなかった!」
と赤松が明るく言う。
ハマれば強いのはたしかだけど、それはたいていの戦術に該当する。
「うーん。墓場から山札や手札に戻すカードは入れてないんですか?」
俺は率直に訊く。
『マギコロ』の場合、デッキ破壊対策としてポピュラーなのは、墓場から回収するか、特殊召喚するカードを入れることだろう。
上級者は「墓場は山札と同じ」なんて言ったりするし。
「あ~……低コストクリーチャーを一気に展開すれば、デッキを破壊されるまでに押し切れると思ってたんだよね~」
赤松は残念そうに話す。
「なるほど。デッキ破壊って一発や二発ではそんな脅威じゃないですからね」
彼女の狙いはべつに悪くない。
一度に十枚二十枚もカードを捨てさせるようなものは、禁止されている。
ちまちま減らしていくのがデッキ破壊戦術の現状だ。
「二戦した感じだと、フラッシュカード二枚、クリーチャーで二枚くらい入れると、けっこう違うと思いますよ」
と俺は感想を言う。
来ないときは来ないんだから、計算に入れないものとする。
「そっかー。考えてみる。ありがとう!」
赤松はニコッと笑った。
……やっぱり顔が抜群にいいな。
それに楽しそうにプレイしているのも好感が持てる。
こんな可愛い同級生と、まさか『マギノコロ』で遊ぶとはなあ。
赤松のほうの感想はとくにないようだ。
俺は立ち上がって、水分補給をさせてもらう。
他の席の対戦も終わっているはずだし、店員は一度抜けるべきだった。
ところがすこし待っても、誰も赤松に対戦を申し込みに行かない。
みんなちらちら見てるだけだ。
どうやら、赤松というS級美少女に話しかける勇気がある客がいないらしい。
彼女はひとりでコーヒーを飲みながら、カードをいじっている。
デッキの見直しだけで何日もつぶれるものだけど、カードショップに来てまでやることじゃないよね。
みんなコミュ障だなと思ったが、俺だってぼっちのコミュ障だ。
ブーメランが返ってきそうな発言は慎もう。
「よかったら、他のデッキでまた対戦します?」
と声をかけてみると、赤松はうれしそうにパッと表情を明るくする。
子犬がかまってもらえて喜ぶ表情に近い。
「ありがと!」
と言ってからふしぎそうな表情に変わる。
「でも、そんなにデッキをコロコロ変えて大丈夫?」
彼女の疑問はもっともだ。
使い慣れたデッキのほうが、勝率は安定する。
「楽しく遊ぶ用だし、平気ですよ」
多種多彩なデッキを使い込んでるなら、それはもうプロくらいだろう。
「むー。対戦はガチでお願いします!」
ちょっと不満そうに赤松は言ってくる。
「それはもう」
ガチをお望みなら、勝ちに行くさ。
そしてふたたび対戦する。
「今度は二勝一敗か~。まさか白山台くん、手を抜いてないよね!?」
うれしそうな表情は一瞬。
すぐに赤松はハッとして、こっちに疑いの目を向けて来る。
さっきの対戦でストレート勝ちしたせいかな?
「手抜きなんてしてませんよ」
と言いながら手札を見せる。
「……ごめん」
事故ったのが明らかだったからか、一瞬で赤松の表情が切り替わった。
「いや、手を抜かれたくないってのはわかりますよ」
とフォローしておく。
楽しく遊びたいのにガチで来られるのも、ガチでやりたいのに手を抜かれるのも、どちらもマナー違反だと思う。
気持ちはわかる。
「リセット系が大事って言ってたわりに使って来ないなーと思ったから」
と赤松は自分の気持ちを説明した。
「ああ、なるほど」
有効な戦い方をさっきしゃべってたくせに、必要な状況で使ってこないのはどうして? と思ったのか。
知識と経験はあるけど、上級者ってほどじゃあないんだな。
「山札をめくってみます? 欲しかったカードがどこにあるのかチェックしてみましょう」
と提案してみる。
「やるやる!」
赤松は目を輝かせて前のめりになった。
!? でっかい果実がたゆんたゆんした上に、顔がかなり近くなる。
香水かシャンプーか、いい匂いもした。
女子にこんな接近されると、いやでもドキドキしてしまう。
赤松のほうは何とも思ってないからこそ、近づけたって頭では理解できるんだけどさ。
動揺が態度に出ないことを祈りながら山札をめくっていく。
リセット系のカードは一番下から三枚。
このデッキのエースカードはそのすぐ上にあった。
これはひどい。
「うわー……、悲惨な手札運だったんだね」
さすがの赤松も声をトーンダウンさせた。
そりゃそうだよね。
カードゲームやってる人には同情されるだろう。
「たまにあるやつですね」
手札事故はほんとうにこわい。
どんな凄腕のプレイヤーだって回避できないって部分がとくに。
「こういうとき、対処手段ってないものなんだ」
と赤松は言いながらコーヒーを飲む。
「あったらプロが実践して、俺たちにも知られるようになるでしょうね」
と答える。
べつに本気でほしがってるわけじゃないだろうという温度感だったけど。
「だよねー。あー、カード運ほしいー」
と言いながら赤松は背伸びをする。
「同感です」
合いの手を入れて、強調されたでっかい果実から目をそらす。
その間に客が何人か帰っていく。
ちらっと赤松を見ているのは、気のせいではないだろう。
はっきり言ってこんなに可愛い女子が、客としてウチの店に来るのは珍しいし。
「何かごめんね? 同世代と対戦できたのは超久しぶりだったから、すんごいうれしかったよ!」
赤松はこっちに向き直ると、何か謝りながら話しかけて来る。
「平気ですよー」
と営業スマイルで応じた。
びっくりしたものの、こっちにやましいことがあるわけじゃない。
「白山台くんは、『マギコロ』をやってる同世代の子を見かけたことある? とくに女子」
と赤松に訊かれる。
「男子ならわりと見るけど、女子は珍しいです」
素直に答えた。
「『マギコロ』のプレイヤー人口のうち、女子は三割くらいと言われていますが、十代はすくないんですよね」
と続けて言う。
この店でもそうだけど、大会の出場者を見ても十代はすくない。
やっぱり初期投資にそこそこお金がかかるのが、十代には痛いのだろう。
デッキを組める枚数を揃えようとすると、一か月分の小遣いが消えるか、さらに高かったりするし。
「やっぱりそうなんだー」
赤松は納得した風にうなずき、コーヒーをひと口飲む。
知り合いがいるなら、わざわざひとりでは来ないよな。
それなりのプレイヤーなら、常連の店をつくっていたりするし。
「いまはソシャゲや携帯ゲーム機のほうが強いんですよね」
カードゲームが好きな俺としては、話していてちょっと悲しくなる。
ソシャゲは基本プレイ無料だし、携帯ゲーム機は親に買ってもらえる子が、けっこういるのが大きい。
「その点、君たちは有望だよ」
と店長が言いながら、二人分の水をテーブルに置いてくれる。
「ありがとうございます! やっぱり楽しいんですよね! 『マギコロ』」
赤松はとびきりの笑顔を向けた。
店長はさすがおじさんだけあって動揺せず、おだやかに「ごゆっくり」と言い残す。
「店長、俺まですみません」
あわてて謝って立ち上がる。
店長はふり向いて、
「その女の子は君の知り合いなんだろう?」
と言った。
「まあ同じクラスなんですけど」
「じゃあ今日は対応よろしくね」
店長はおだやかに指示を出す。
「いいんですか?」
「いいよ。君が休憩に入っても回るタイミングだし、常連客をひとり増やしたいからさ」
と店長はおだやかに笑って、ヘタクソなウインクをする。
「へー、話がわかる店長なんだね。わたしはありがたいけどさ!」
と赤松は言った。
ちょっとホッとした表情を見てハッとする。
この子のコミュ力なら誰とでも仲良くなれるだろうと思い込んでいた。
けど、同年代の知り合いがいるかいないかで、この子のメンタルにはかなりの差があるんだ。
店長は気づいていたんだね。
「店長はよく気づくなあ。俺は全然ダメだ」
と思わず反省会をしてしまう。
「じゃあ、これからできるようになればいいんじゃない?」
赤松はそう言って微笑む。
「がんばります」
メチャクチャ可愛いなと思いつつ、返事をする。




