第十話
今日は土曜日で学校は休みだ。
それなのに珍しく午前中から予定が入っている。
昨日赤松とやりとりした結果、十時頃に我が家へやって来るらしい。
もちろん『マギコロ』絡みである。
今日は夜まで俺ひとりだし、都合がよかった。
十時の五分前、玄関のチャイムが鳴る。
ドアを開けると赤松がニコニコとして立っていた。
大きめのショルダーバッグを右肩にかけている。
それにシアーニットとラップスカショーパンってやつ?
きれいに決まっている。
「昨日、おとといはごめんねー?」
赤松は笑顔で謝ってきた。
「全然平気だよ」
彼女に『マギコロ』を教えるのだから、彼女の都合で動くべきである。
「お邪魔しまーす」
華やかでよく通る声が家の中に響く。
また彼女をリビングへと通してお茶を出す。
「二日間はバイトしたり、友達とのつき合いがあったんだ~」
と赤松は自分から話してくれる。
「そうなんだ」
赤松もバイトするのかとは思わない。
『マギコロ』をやっていくためには、学生はバイトしないとね。
ただ、友達とも遊ぶ時間を捻出できるのが驚きだ。
いったいどうやってるのだろう?
それともぼっちの俺には理解できないだけか?
「今日もお昼から友達と三ノ宮に行くことになったんだけどね! ごめん、さっそくはじめよう?」
赤松は途中でハッとする。
ひとりで一方的にしゃべっていることに気づいたからだろう。
……それとも、友達とどこかに遊びに行く予定がないぼっちの俺への配慮だったりする?
ちょっと疑問を抱きながら、用意していたデッキを赤松に渡す。
お互い交換してシャッフル。
「上手くなったね」
俺は思わず声をかけた。
初めて店で会ったときと比べると、赤松の手つきは上達している。
「えへへ。家でも練習していたんだよ! 白山台くんのをまねしてね!」
「そ、そうなんだ」
赤松の笑顔での返事にちょっとどもった。
正直、この答えは全然予想していなかったよ。
まねされるってなんかちょっと気恥ずかしい……。
「そのおかげで上手くなったのかも! 白山台くんのおかげだね!」
なんて赤松は言うけど、さすがに違うと思う。
「それは赤松さんの練習の成果じゃないかな?」
本人がまじめにコツコツやった結果だ。
「そうかなー?」
なんて言いながら、俺たちはカードをひいて五枚ずつ持つ。
「わたしのターン! 『コボルト斥候兵』を召喚! さらに『コボルト監視兵』を召喚!」
赤松はコスト1のコボルトクリーチャーを2体出す。
高速展開の要となる奴らだ。
放置していると手に負えなくなってしまう。
「俺のターン、コストを払って【大嵐】!」
俺がカードを出すと、赤松はにやりと笑った。
「そう来ると思った。わたしはフラッシュカード【防災シェルター】を出す!」
と言って一枚のカードを出す。
「えっ!?」
俺は驚き、思わず手を止める。
「白山台くんって、【防災シェルター】の効果は知ってるよね?」
赤松は不安半分、確認半分という表情で訊いてきた。
「知ってるよ。防御系カードだろう」
相手が出した除去・破壊系を防ぐ効果を持つ。
【大嵐】を防ぐにはうってつけだ。
「ここで防御系は予想してなかった。たしか持ってなかったよね?」
と俺は話しかける。
「うん。バイトをはじめたから景気づけに1パックだけ買ったら、このカードが当たったんだ」
他は外れだったけどね、と赤松はうれしそうに話す。
「えっ、8枚入りのパックで【防災シェルター】を当てたの!?」
ぎょっとして訊くと彼女はうなずく。
「いいなあ」
またしても驚かされたけど、それ以上にうらやましかった。
あれ、1パック税込み550円と安めなんだけど、その分欲しいカードを狙って当てるのが難しい。
「【防災シェルター】が出たなら、それだけで勝ちだよ」
【防災シェルター】はレア度こそ高くないものの、防御系カードは需要が多いせいか当たりにくいのだ。
陽キャはカード運も持っているのか……?
ちょっとだけ釈然としない。
「ちなみに他に出たカードって何? ものによっては俺とトレードしようよ」
と俺は持ちかけてみる。
彼女のデッキコンセプトとは相性が悪いだけで、俺なら使いたいカードがあるかもしれないからだ。
「えっ、トレードしてもらっていいの!?」
何でか赤松が目を丸くする。
「もちろん。赤松さんが使いやすいカードを選ぶよ」
と伝えた。
多少損するかもしれないけど、彼女のような立場の人に強くなってもらうのも、仕事のうちである。
あまり上手くないプレイヤーが逃げるようじゃ、『マギコロ』の将来は明るくないからね。
「ありがとう!」
赤松はうれしそうに礼を言う。
「どういたしまして」
ちゃんとお礼を言えるなんてえらい。
なんて思ったけど、言うのはちょっと恥ずかしいから言わなかった。
「さて、ゲームに戻ろうか」
と俺が言うと、
「うん!」
赤松ははりきった様子で、出ているカードに目を向ける。
ゲームは再開され、俺は負けた。
「やった、勝てたー!」
赤松は無邪気に喜ぶ。
そういうトップスを着た上でそういう動きをすると、でっかい果実がぽよんぽよんと揺れるんだな。
本人は気づいてないか、気にしていないのだろう。
ただ、俺には目の保養……もとい毒だというだけで。
「感想戦、やりたいんだけど、いい?」
赤松は遠慮がちに、上目遣いで確認してくる。
超絶可愛らしい。
本人無自覚なんだろうけど、これやられて断れる男っているのかな。
「うん、やるよ」
まあ、赤松の可愛さとは関係なく、感想戦はやりたいけどね。
自分の手札や動き、相手の動きを確認して、わいわい言い合えるのは楽しい。
カードゲームの醍醐味のひとつだと思う。
それに赤松の上達を考えれば、感想戦は毎回やるべきだ。
「やっぱり、【防災シェルター】の効果はあった? あれで流れがわたしに来たように感じたんだよね!」
赤松ははしゃぎながら言う。
「うん。それで正しいけど、感想戦は最初からやろうね」
俺は思わず笑いながら指摘する。
勝因になった部分だけ話すのは、実はマナーがよくない。
美咲先輩とはやってたので、おそらく勘違いしてしまったのだろう。
そのことも伝えて、
「勘違いしちゃった原因は俺と美咲先輩のせいだね。ごめん」
と謝る。
「白山台くんが謝ることじゃないよ!!」
赤松が否定しながらあわあわした。
「そ、そうかな」
力いっぱい擁護してもらえるとは思わなかった。
……とりあえず感想戦に戻ろう。
「高速展開用のクリーチャーをきれいに出せたね。あれはよかった。対戦相手としてはあわてるしかない」
と序盤をふり返って、彼女を褒める。
「えへへ。引きはよかったのと、あとはどうやって展開するか、しっかり考えた居たからね」
赤松は得意そうに笑う。
うん、これは自慢してもいいやつだ。
お手本のようなアグロデッキの序盤だったし。
「白山台くんが言ったように、あれをやると相手はリセットしてくるんだよね?」
赤松は笑みを引っ込めて確認してくる。
「そうだね。あとはクリーチャーを破壊するという手段もある。今回俺のデッキでは採用してなかったけど」
序盤に出るコボルトは直接バトルで弱いだけじゃなくて、カード破壊効果にも弱い。
守るのが大変なクリーチャーだと言える。
「あ、そっか。コスト3以下のクリーチャーを破壊するってやつだね」
赤松はハッとした。
美咲先輩との対戦で見せておいたからね。
「【防災シェルター】はフラッシュカードから守れるけど、クリーチャーの特殊効果からは守れないから、そこは気をつけたほうがいいね」
と指摘しておく。
「そっかー。そういうときは、コボルト族は破壊されないみたいなカードが必要になるのかな?」
赤松は勉強してないわけじゃないらしい返事をする。
「そうなるね」
俺は同意した。




