表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(仮題)今だ世界は美しく  作者: ǝɹǝɥ sɐʍ ʎoɹןıʞ
第1章:"Low Nest, Worst Place in the World."
5/5

上がったと見るか、堕ちたと見るか。

「──さて、まずは説明が必要かしら」


 俺の前に座る女……セレーネが口を開く。


「……この状況について、ってことでいいのか?」


 俺は今、馬車の荷台に、荷物と一緒に積まれている。

 そして、侍女からものすごい目つきで狙われている。

 何も持ってはいないが、手をこちらに向けているということは、魔法をいつでも撃てるということなのだろう。


「俺ぁてっきりあんたの()()を突っぱねたから殺されたんだと思っていたんだが」


 独房で意識を失って、どれくらいたったかは分からない。

 気がつけば馬車の荷台にいて、起き上がった途端にこの状況だ。


「それとも、地下室にでも放り込まれて少しづつ殺されるとか?」


「それも、悪くないわね」

 即答された。マジかよ。


「でも────違うわ」

 そう言うと、待ってましたと言わんばかりにセレーネは俺の顔を覗き込む。

 馬車の中は暗いはずだが、セレーネの目はぼんやりと輝いて見える。魔法なのだろうか。


「あなたには私の仕事をしてもらうわ」

 これは────当たりを引いたとみていいのだろうか。

 死ぬはずの俺が生きている。


「……仕事ってのも興味深いが、その前にいろいろと聞きたいことがある」

 ああ、と言うとセレーネが後ろに少し下がる。


「あら、それもそうね。いいわ、答えてあげる」

 何が知りたいのかしら、と顎を引いたポーズで俺を見る。

「まず一つ、ここはどこだ」

 とりあえず一つずつ聞いていくとしよう。


「見ての通り馬車の荷車よ。そしてここはもともとあなたのいた旧城壁外区── ロウ・ネストのはずれ。正確に言えばノー・ヘイブンのあたりになるわ」

「ご回答いただきどうも」

「あら、どういたしまして」

 ふむ、意外となじみのある場所にいるようだ。とはいえ、ノー・ヘイブンは近づきたくない場所だが。

「じゃあ2つめ、どうして俺はここに?」

「──あなたが気に入ったから」

 ふむ、これでもう少し真っ当な場所で、もう少しロマンチックな雰囲気ならときめく回答なんだが。

「正確に言えば、あなたの能力、そして生き方。ただの有象無象として死なせるには惜しいと感じたの。だからあの房から出したというわけよ。これで十分かしら」

 まあ、わざわざ人殺しを解き放ってハイおしまい、なんてトンデモお人よしはいないだろう。

「それで、対価として働け、と」

「そういうことよ。いやなら馬車から降りればいいわ。どうなっても知らないけれど」

 なるほど。一応俺は自由の身ってわけか。だが────


「こんな世界で最悪の場所、ラザロのシマで降りろってか。それならまだあんたに殺される方ががよっぽどマシだぜ」

「まあ、そうね。とくにあなたは後ろ盾もない。もともと所属していたドッグヘッドからは標的にさ(マトにかけら)れている」

 そしてもちろん、俺のことはよく知っているようだ。

 どうやっても1択な"自由な選択"が用意されている当たり、しっかり調べ上げられてるようだ。


「なるほど、よくご存じで」

 状況は理解できた。問題はここからだ。

「じゃあ最後に、仕事ってのは?」


「あなたがやると言ってから話すわ。なにより、ここに長居はあなたもしたくはないでしょう?」

 まあ、それもそうだ。

 しかし、このお嬢様は俺の選択肢を狭めるために自らわざわざ出張っているというのか。

 命知らずというか、覚悟が決まっているというか。

 どのみちここで突っぱねてもお先真っ暗だ。さすがに一人でラザロ(カルト共)の連中とやりあうのは無理だ。やつらにつかまろうものならどんな()()に使われるか考えたくもない。

「わかった、やるよ」


 その言葉を聞くや否や、セレーネは侍女──確かアイーシャと呼ばれていたか──に命じた。

「アイーシャ、馬車を出して。拠点へいくわよ」

「はい、お嬢様」


 侍女──アイーシャは彼女たちの後ろから外に出ると、御者席に着き、馬車を走らせる。

「拠点?貴族街まで行くのか?」

 正確な位置はわからないが、ノー・ヘイブンから貴族街までは馬で30分ほど、馬車ならもっとかかるだろう。

 さっき見えた外の様子的にすでに深夜だ。中央への門こそ開いてはいるが、この時間帯にロウ・ネストを出入りするのは危険だ。

 城壁に近づけば近づくほど影になって暗くなる。それを利用した馬車強盗、検問で停止中を狙った馬車荒らしが多いからだ。

「貴族街へは行かないわ。スティルフェンスへ向かうのよ」


「スティルフェンス?中立地帯か。とはいえあそこも安全とは言いにくいだろう」

 まあ、ここよりはよっぽどマシだが。

「あそこに私の拠点があるのよ。"マーシーの古物商"って知ってるかしら? あそこよ」

 マーシーの古物商と言えば、比較的平和なスティルフェンスの中でも特に争いの無い場所だ。

 あそこが拠点? ということはこのお嬢様、裏社会にしっかり通じてるタイプのやつだろうか。

 もしかすると、俺はそこそこの大物に引き抜かれたのかもしれない。

 それがいい方向に動くのかはわからないが、少なくともまだ生き残る希望はあるようだ。


 10分ほど馬車に揺られ、到着した。

「着いたわ、降りなさい」

 馬車を降り辺りを見渡すと、確かにスティルフェンスのようだ。

 目の前の建物のドアにも"マーシーの古物商 裏口 従業員専用"の張り紙が貼られている。

「こっちよ」

 そして、セレーネと侍女はそのドアから中に入っていく。

 この店には来たことがあったが、裏口の方は厳つい男たちが見張っていては入れないようになっている。

 だからここに来たのは初めてだ。

 二人に続く形で店内に入る。

 不思議なことに、彼女たちに合わせランプが付き、俺が通り過ぎると消えてゆく。

 恐らくこれも魔法だろう。一体一ついくらするんだか。


 そのまま店の奥──本来客であれば絶対に入ることのない場所──にある事務所に通され、椅子に座る。

「そしたら、仕事の話をしてくれるってことでいいのかい」

「ええ、説明してあげる」

 侍女がいつの間にか出した茶を手に取る。

「どうも」

 カップに入っている茶は色的に紅茶だろう。カップもティーカップだし、当たり前ではあるが。

 ゴミ貯めと血のにおいがこびりついた鼻では香りは楽しめないが、ひとまず嗅いでみる。

 ほんのりと香ばしい香りが鼻に広がる……気がする。

 そのまま一口飲む。ふむ、紅茶には詳しくないし、味なんかを楽しめるほど舌も肥えてはいないが、美味い。それはわかる。

 カップをソーサーに戻し、セレーネの方に向き直る。

「端的に言えば、借金の回収よ」

 セレーネもまた、自分のカップから一口飲む。

「ずいぶんと俺たちっぽい仕事だな。少し意外だ」

 俺もまた、ソーサーからカップを取りひとくち飲む。

 コト、とソーサーにカップを戻す。マナーはよく知らないが、とりあえず音を立てないようにする。

 それにしても借金の回収か。

「あら、金銭そのものを用いた事業は貴族の常套手段よ」

「デカい貴族が貴族たる所以、か」

 結局、大きな力を持つのは金、そしてそれを扱える力だ。そして、それには純粋な暴力も含まれる────。

「まあ、我が家はそれほど大きくは無いのだけれど」

 ならば、これは勢力拡大の一旦か。

 だが、このあたりを抑えたところで中央の勢力拡大に特に役に立つとは思えない。


 カップを手に取り、もう一口飲んだ。

「──いろいろ考えてる、といった顔ね」

 考えていると、セレーネが話し出す。

「従うからには疑問を持たずに動け、って話か」


「私たちは軍隊じゃないわ。仕事をしてくれるのなら、なんだっていい」

「じゃあ、聞けば答えてくれるのか?」

 フフ、とセレーネは笑う。

「必要なら、ね」


「とにかくやるといったからには仕事をなさい。明日の朝には行ってもらうわ」

 ま、俺はまだただの木偶の棒だ。信用を勝ち取る必要があるってわけか。


 セレーネは立ち上がり、奥の事務机の引き出しを開けると、紙を取り出す。

「詳細はこの紙に書かれているわ。帳簿の写しも付けておくから、漏れなく回収すること。宿はここの2階を使って頂戴」

 宿付とはなかなかありがたいじゃないか。ひとまず、あたりを引けているようだ。

 あの女に従うだけの人生は少しばかり癪だが、今後どんなことをさせられるのかわかっていない今、結論を出すのは早計だろう。

 渡されたメモに目を通す。


 見る限り、ロウ・ネスト内で完結するようだ。

 利息でいっぱいになっている連中だらけだが、意外にも金利自体は比較的良心的だ。

 あくまで高利貸しにしては、だが。

「徹底的にやっていいのか?」


「踏み倒そうとするなら好きなだけやっていいわ」

 殺すのはだめよ、と念を押したうえで続ける。

「返済しようとしている人で返済できないようなら、とりあえず取れるだけでいい。とにかく何かしら回収してきて」

 ふむ、とりあえず歯向かうやつはやっていいらしい。

 ギャング連中の回収業に比べればずいぶんとぬるい気もするが……

 まあ、やれと言われたからにはやるとしよう。

「…了解」


 ひとまず、部屋を出て2階の寝床に向かった。

 入ってみると、窓が一つ、小さな机と椅子が一つ。ベッドが一つ置かれている。

 ふむ、困った。独房よりもまともな住居ではないか。


 ひとまず、何か仕掛けられていないか見て回る。

 机の下、棚の中、椅子の下、座面、ベット。一通り調べたがいたって普通。何もない。


「参ったな、こりゃあ……」


 いや、本当に参った。

 正直、これだけ美味い話があるはずもない。と思っていたのだが。


 もちろんこれが罠じゃないと決まったわけでもない。

 しかし、あまりにも"普通"過ぎる。その光景が、俺には奇妙に感じられた。


 いや、本来はこれが普通のはずなんだ。この3年で狂ってしまったのだろう。

 これを日常と再び感じられるのなら、どれほどいいだろうか。せめて、一日でも長く"普通"が続いてくれればいいが。


 ──ふと、壁に開けられた窓を見ると、ガラスが嵌められている。そのガラスは薄く曇ってはいるが、向こうの景色が良く見える。

 窓ガラス自体はこの辺でもモグリの魔道具師が作ったものが出回っているが、たいてい低品質で、曇っており、通してみる景色はゆがんでいる。それでも贅沢品だが、この窓はなかなか綺麗だ。

 この場所は間違いなく貴族の息がかかっている。ということは、ここは間違いなく彼女のアジトなのだろう。貴族がこんな場所で、いったい何を企んでいるのだか。

 上がったと見るか、堕ちたと見るか。それはもうしばらく様子を見てから結論を出すとしよう。

 どのみち今逃げ場はないのだから。









 *







 セレーネは引き続き茶を飲んでいた。

 所作などから出る雰囲気はまさしく上流階級のソレだが、やはり場所が似つかわしくない。

 これがどこかの屋敷か、庭園か、何かしら華やかな場所であれば、まさしく絵画のような光景であっただろう。

 しかし、ここは板張りの薄暗い事務室で、薄暗く、どうしても埃っぽい。

「──アイーシャ。彼、どう思う?」

 そんな部屋をせっせと掃除する侍女に彼女は問う。


「……正直に申しますと、奇妙です」

 掃除の手を止めることなく、アイーシャは答える。

「奇妙、というと……彼の能力? それとも……彼の佇まい?」


「どちらも、です。能力……算術と識字に関しては、スラム育ちでも身に着けているものは少なくありません」

 セレーネはカップをソーサーに戻すと、じっとアイーシャを見る。

 アイーシャは目線を変えることもなく、作業の手を止めず続ける。

「親が元商人だとか、算術を身に着けている者に教わるだとか、知る術自体は多くあります。ですが……」

 不意に、アイーシャの手が少し止まる。


「彼は()()()()()いる。でしょう?」

「──はい。聞いている情報から判明している彼の能力関しては……出自を考えれば非常に秀でています」


「それに……彼らが教養を身に着けるのは格のためではなく生きるため。ですので本来マナーまで身に着けてる者はいません」

 ふう、と一息ついてアイーシャは再び手を動かす。

「彼の礼節の無さは言うまでもありませんが、その態度に不釣り合いな程度に作法を心得ています」


「──だからあの男を連れていくことにしたのですよね? セレーネ様」


 セレーネはフフッと笑って答える。

「だからこそ、可能性を感じたのよ。天啓というのかしら」


 アイーシャは小さくため息をつく。

「セレーネ様の決断に異論はありません。が、もしもの際は即刻処分いたしますので」



「──ええ、それでいいわ」

 セレーネは少し間をおいて答えた。


 部屋はまだ、埃が舞っている。

──魔術とは、人の叡智により星の理を引き寄せ、形なき力を形あるものとする技である。

その力は大地を肥やす雨ともなり、すべてを焼き尽くす炎ともなり、人の心を操る幻となる。

ゆえに、我らはこれを秩序の下に置き、正しき者のみに授け、誤る者からはこれを奪う。

それが、文明を存続せしめる唯一の道である。

―少なくとも、我らが望む限りは。


*クロワール・ド・リュサンジュ王立至高魔導官 監修「統一魔導原典 改訂版 第7版」前文より引用


※ロウ・ネスト内で入手。書体の異なる最後の一文、各部の粗からラザロ団による贋作の可能性大。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ