転生者VSエテロペ『後編』
「お前……一体、何を……?」
「本当なら、砂鉄と炎で作りたかったんだが……生憎、俺には【雷】の属性は使えないらしい。だから、粘土で作らせて貰ったよ」
ブァニスの眼前、そして背後には牛の形をした物がイロアスにより作られる。
「ふざけるな! 二人を解放しろ!!」
「解放? くは。なんの為に? 解放するのは、俺じゃない。このゲームの主役はお前だろ? ブァニス」
イロアスは両手を広げ、高らかに告げる。
「さあ、選べ! 二人のうち、誰を先に救うのか!! その選択が、次なる一手に大きな影響を与えるだろう!!」
コイツは遊んでいるのだ。この男は楽しんでいるのだ。今の状況を。悪魔的、狂気的な思想を持った化物。人の命をなんとも思っていない、精神の欠落者だ。
今思えば【転移者】や【転生者】。つまり、救世主と称えられる者達が絶対に正義だと言う保証はない。生前がもし、殺人鬼だったなら。転移者が、実は最悪な人格者だったなら。
この国は──この世界はいつから、彼等を【勇者】だと思っていた。思い込んでいたのだろうか。
直後、牛の腹部に当たる部分に火が盛る。このままでは、二人が焼け死んでしまう。ブァニスは精一杯、大声で叫んだ。
「火を消せ! 今すぐ!!」
熱しられ煙が上がり、牛の口からは鳴き声のような音が鳴り響く。
「「ヴォォォォォ!! ヴオォオォオォ!!」」
「早くしないと二人とも死ぬぞ?」
ブァニスの速さなら、二つの粘土を一瞬で破壊できる。だが、イロアスが易々と見逃すはずがない。どちらかに絞らなくては。
せめて、無駄死ににさせない為にも。
ブァニスの表情は一層険しくなり、イロアスを睨む目は鋭さを増す。イロアスと一番近い距離に居るカウラスを救ったとして、すぐ様に詠唱が出来なければ同じ事。接近戦に於いて、魔法使いは無力に限り無く近い。
ましてや、救った直後にカウラスが殺されない保証もない。方や、アルカンはブァニスより数メートル離れた背後にいるし、接近戦を得意としている。
確実に殺せる方法。確実に救える方法。苦渋の決断を強いられたブァニスの鼓動は痛みを伴う程に、激しく胸を打ち付けていた。
こいつが、こいつ達さえ居なければ。
絶対に殺す。殺す為に、選択は間違えてはならない。ブァニスは、血が出る程に口の端を噛み締め踵を返した。
「ほう、女を見捨てるか。最低な男だなお前は。この中は蒸し焼きだ。死ぬまで苦しむんだぜ?」
「……」
その分、イロアスにも苦しみを与えてやる。怨みが今までに感じた事のない殺意を宿らせていた。絶対に、絶対にこの場で殺す。
力強い一歩を踏み込み、戦斧を力一杯に握る。
「今助けてやる、アルカン!!」
あと数歩でこの斧がアルカンの入った牛に届く。
──これで。
「……ッ!?」
地面が液体化し、ブァニスの首から下が埋まる。身動きが取れない状態を見てイロアスは大声で笑った。
「くははは!! 命とは実に面白く。そして、窮地になるほど考えが浅はかになるものだなぁ、なあ? ブァニス」
「ふざけるな!! 約束がちがうじゃねぇか!!」
「約束? 俺は選択した方を助ける約束なんか一つもしていないだろ? あくまで、選択を強いただけの事」
イロアスはブァニスの背後に近づき、続ける。
「元々、俺とお前達は敵──だろ? 勝手に救えると思い込んでいた、お前が悪い。もっと警戒しもっと冷静に考えるべきだったな? まあ、考えた所でお前達の死は変わらなかったが」
結局あそばれていだけだ。イロアスは攻撃魔法などを一切使っていなかった。ただ、出方を見られ利用されただけ。
「さ、良い特等席じゃないか。そこで、お前の大切な仲間が悶え苦しみ、即死も許されず中で蒸され焼かれ徐々に死んでいく様を堪能するといいさ」
「「ヴオォオォオォ!!? ヴオォオォオォ!!」」
二人の叫びが鼓膜を揺さぶり、身動きの取れないブァニスは吐き気が襲う。イロアスを怨む一方で、誤った選択をした自身を責める。
力を込めても何をしても抜け出せない泥沼の中、ブァニスは目の前で焼かれる牛を見る事しかできない。
「さあ、もっと見ろ! 命を! 燃え尽きるその時にこそ、真の美しさがあるのだから!!」
血走った目で目の前に立つイロアスを睨み、歯を剥き出し、鬼の形相を浮かべたブァニスは、喉が裂ける声量で咆哮する。
「イ”ロア”スー!! お前は……お前だけは!!」
「くははは!! 幾らでも叫べばいい。ただ、お前達も、そして欠陥品のアイツも、俺達の新世界で生きる事は許されない。だから、死ぬだけなんだよ」