転生者VSエテロペ『前編』
イロアス、もといペラリウスはギリシア時代の記憶を持っていた。シチリア王に献上した拷問も可能とした雄牛の銅像。まさか一番初めに自分が放り込まれるとは思っていなかったが、神はまだ開発──発見をさせる為に若返らせたのだと、イロアスは感じ取っていた。
そして、今まさに眼前には実験体、玩具が立っている。こんなに恵まれた環境が何処にあると言うのだろうか。悲劇があるなら、喜劇だってあって当然だ。
「なにをいってるんで? 俺達は新世界にいけるんじゃ」
不安拭えぬ表情でブァニス達はイロアスに怯えた視線を送る。いけない、いけない、今のイロアスが浮かべていた表情は実に狂気じみたもの。
怯えて当然だ。
「だが、残念だよ。申し訳ないが、お前達は俺達が作る世界に住む資格はないんだ。選ばれなかった、ただそれだけの事」
拍子抜けした表情を浮かべ、動揺を隠せないままブァニスは語気を強めた。
「え? は!? いや、俺達も貴方様達が作る新世界で暮らせるって約束じゃ……だから、ニヒルの始末だって俺達に!!」
必死な訴えを聞いて込み上げる感情は愉悦だ。こんなにも、生に縋り付いて滑稽だ。
「くははは……」
「くはははははは!!」
「な!? 何がおかしい!!」
「何を言ってるんだ? 殺すだけなら俺達にだって出来る。 俺達は必要だったのだよ、大義名分が」
指先を天に向けると、そこには転生者と転移者の知恵でできた飛行型カメラが浮遊している。このドローンに不可視化魔法を付与して、ブァニス達のニヒルに対する所業を撮影していた。
「な、なんですか? この飛ぶやつは」
「お前等は別に知る必要も無い。ただ……ただ、な? 四大英雄の大切な子孫を殺した、ともなれば……あとは馬鹿でもわかるよな??」
ブァニス達の顔から血の気が引き、明らかに正常さを取り乱していた。
「いや、だってそれは……貴方様達が」
「そんなお前にいい事を教えてやる。この世の中は、論より証拠なんだよ。そして、その証拠さえ、俺達の前では改変できてしまう」
「ふ、ふざけるな!! じゃあ、新世界に案内してくれるって話はどうなるんだよ!!」
「これだから弱者は。いいか? 選別に漏れた、つまりはそーいう事だ。だが、まあ……」
イロアスは顎を指で撫で付け、ニヤリとわらう。
「可能性の話ならあるっちゃある。聞きたいか?」
訝しい視線を向けながら、ブァニス達は唾を飲み込み短く頷いた。
「俺達の世界は強者生存。お前達が俺を殺す事が出来たら──あるいは」
「ほ、本当だな?」
「ああ、本当だとも。で、どうする? このまま何もせず、俺に遊ばれるか。それとも、住民権の可能性をかけて抗い殺されるか──選ばせてやるよ」
イロアスは続けて言う。
「まあ、どの道? 俺を倒して、ドローンの制御を奪わねぇーと、お前達、王国側はいよいよ俺達の対立を認めざるを得なくなるんだけどな? くはは」
「まんまと騙されていたって訳か……ちくしょう……」
ブァニス達は互いの目を合わせ、不安入り交じる決意を表情に乗せる。
「俺達だって、二級クラスの冒険者をやっていたんだ。転移者達が、来る前はそれなりに活躍だってしていた」
竜種だって牙獣種だって、魔王軍とだって命を賭して戦ってきた。
「そ、そうだよ」
「そうよ、やってやれない事はないわ。相手はただのガキ、経験の差は歴然よ!!」
ブァニス達はイロアスより先に戦闘態勢にはいる。各々が武器を構え、警戒の色をみせながらも確かな敵意を向けていた。しかし、彼等の一触即発の様を見てもなお、イロアスは構える事もせず、優雅に彼等の行動を見つめていた。
「アルカン、カウラス、相手の出方を伺ってる余裕はねぇ! 一気に全力だ! いいな?!」
「ええ!」
「う、うん!!」
「俺達はカウラスの詠唱が終わるまで時間を稼ぐ!! いくぞ、アルカン!!」
相手は転移者と転生者の子供であり、本人すら転生者と言う神々の奇跡。どこまで自分達の力が通用するかは、分からないが。
しかし、見た所、イロアスは接近戦用の武器を持っていない。ならば、後衛──聖女・グロリアと同じく魔法を得意とした戦法のはず。ならば、距離を詰めて魔法を使えなくさせればいい。
ブァニスはアルカンと呼吸を合わせ、一気に間合いを詰める。一息付く間もなく、イロアスは戦斧の間合い。振り上げる少し手前、アルカンはブァニスよりも早くイロアスの背後に陣を取る。
「こ、これで逃げる事はできない」
「しねぇえ!!」
挟み撃ち。戦い方としては単調だが、それでも速攻となれば一番的確な戦法。しかも、目で追っていたが完璧に直撃だ。手に残った肉を斬る感触が、ブァニスに経験値として確信させる。
やはり経験の差がでたのだろう。砂煙が晴れる前に距離を取り、イロアスの出方を伺う。
「やれやれ……これだから脳筋は」
「……ッ!?」
「なッ!?」
眼前で収めたその姿は、右肩を削ぎ落とされた人の形をした泥。 ブァニスは今までそんな魔法を見た事がなかった。
「まあ、そんな驚くのも無理はないね。お前らは魔法を扱えて一属性。加えて、詠唱が必須だ。どう考えたって、俺に利がある──が、それす」
ブァニスは考えるより先に体を動かす。衝動的であり、本能的だった。見事に泥化したイロアスを斜めに両断。聖女・グロリアと同じ能力を持っている事が、イロアスの会話の一部で理解が出来た。
今の魔法は、水と土を用いた何らかの魔法。ならば、凝固させてしまえばいい。
「アルカン! 火炎瓶を投げつけろ!!」
「わ、わかった!!」
イロアスの上半身が地に落ちる前、ブァニスは的確な指示を出す。
全ての火炎瓶をイロアスに投げつけ、瞬く間に火の手が上がった。盛る炎を見て、ブァニスは額からしたたる汗を脱ぐう。
「語るに落ちるとは、まさにこの事だな。神々の奇跡よ」
「なあに、一人酔いしれちゃってんの??」
不吉な声。最悪な予兆。それは事もあろうか、背後──つまりは、カウラスの方から聞こえる。背筋が凍る程の嫌な予感。
恐る恐る振り返れば、イロアスはカウラスの後頭部を掴み不気味な表情をしていた。
「いつの間にッ……!!」
カウラスとの距離は取るに足らないが、はたして間合いを詰める間をイロアスが見逃してくれるか。いや、あのスピードに対処できてなかった事を考慮し。否、もしあれが誘い出す罠だったのなら。
つま先に力は入るが、それ以上の行動が出来ずにいた。
そんな時──
「ブァニス……ご、ごめん」
アルカンの方をみれば、背後にイロアスが。
「な、何がどうなってやがるんだ」
「私の事は諦めなさい! こうなっては、魔法使いは足でまといよ!」
決死の声を聞いて尚、ブァニスの判断に迷いがあった。
「し、しかし!!」
見捨てるなんて判断がどうして簡単に出来るだろうか。長年連れ添った仲間を易々と見殺しに出来るはずがない。それほどまでに、固く結ばれた絆があるのだ。
なにか──なにか、方法はないものか。運がいいのか悪いのか、イロアスは思い苦しむ表情を見て楽しんでいる様子だ。なら、相手を楽しませつつ方法を探す。
「……芽吹く命は刹那の詩を謳う。尊く懐かしき久遠の記憶──」
「その詠唱は……ッ!? バカ! やめろ、カウラス!」
ブァニスの叫びにカウラスは笑顔で応える。いつだってそうだ。肝心な時の判断は、カウラスがしていた。家庭的で、気が強くて、素直じゃなくて、仲間思いで。
「私は夢を見る。私は現実を知る」
自爆なんかさせてたまるか。絶対に絶対に。
「散華するは、命の花弁。──」
「爆散なんか、させるはずないでしょ??」
その声は、ブァニスの手がカウラスに届くよりも遥かに早く、鼓膜に届いた。