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地獄

 全身に自身が放った雷電が這う。ブァニスの使った麻痺薬を凌駕する痛みが一瞬、殴打のような衝撃を与えた後、遠のいていた意識は手繰り寄せられた。


 ──一匹は倒せなかったか。


 丸焦げになる二匹がニヒルの傍らで息絶え、噛み付くのが遅れた一匹は距離をとる。


「……だが、なるほど」


 動かないはずの左手の指が、僅かではあるが動く。


 家で読んだ医学書に書いてあったが、人間はどうやら本当に電気で体が動くらしい。これなら、放電を上手く扱えばこの状況でも上階を目指せる。


 ──その為にも、まずは目の前の敵だ。


 髪は静電気で逆立ち、体全身は放電し青白い光を放つ。


 落雷とは言わずも、バチバチと音を鳴らしたニヒルは立ち上がり、右拳を前に構えた。


「かかってこい、犬っころ」


 目つき鋭く、殺意を乗せて狼の野生に満ちた目を睨みつける。正直、左腕は使い物にならない。戦うなら右腕のみだが、死んだ魔獣を見るからに、奴も簡単には手を出せない筈だ。


 こちらの勝利条件は、魔獣に触れる事。あるいは、相手が逃げ出す事。ぎゃくに詰む条件は、この出血が致死を超える、あるいは魔力が切れる事。


 それまでには何とか、上層を目指さなくては。


「…………グルルル」


 魔獣は後退りをし、ニヒルとの視線が一瞬それた隙に逃げ出した。


「だけど、この穴から上は目指せない……か。っと……ッ痛!!」


 歩こうとした時、ニヒルは倒れ込む。やはり、そんなすぐ電気信号を扱えるはずも無い。まずは出血を止めるのが先決だろう。


 荒くなる呼吸を抑え、歯を食いしばり飛び出した骨を無理やり腕にしまい込むと、死んだ魔獣の毛をむしり取り傷口に置いた。


 適正魔属性とは=耐性に繋がる。でなければ、自分が使った魔法で死ぬ事になるからだ。故に、当然自分の魔法で火傷をおったりもしない。だが、格上の術者であれば例外もある。が、事、今回に関してそれは当てはまらない。


 ニヒルは、指先から放電を使い毛を燃やし皮膚を焼いて無理やりに血をとめた。それを数箇所繰り返し、次は体に電気を流し込み、体の動く方法を探る。


 ──これなら、なんとか動くか


 単調な動きなら出来るようになったニヒルは、壁に手を添えながら一歩一歩進む。地図もなければ現在地も分からない。結局、行動に移しても死ぬかもしれない。どうせ死ぬなら、全力を出して死んでやる。


 ニヒルが出した答えだった。


「「グヒャヒャヒャヒャ!!」」


 だが、その決意を──覚悟を嘲笑うかのように、現実はニヒルの眼前に地獄を送り付けた。

 数十体の魔獣の群れ、全員が武器を持っている。


「僕は、僕はぁっ……!!」


 ニヒルは歩みを止めない。此処で立ち止まってしまえば、今までの覚悟が意味をなさないから。だから、だからこそ、無謀だとしても進まねばならない。


 この先が死地だとしても、ニヒルの決死は無意味で終わらせる訳にはいかないのだ。


 襲い来る魔獣の群れ、幾重も重なる鳴き声に足音。迫り来る体現された死神達はニヒルと言う餌に獰猛な眼光をぶつける。振り下ろされる武器は容赦なく、ニヒルの急所を目掛けやってきたが、手首を掴み、唯一使える放電をぶっぱなす。


 何度も何度も繰り返す中で、勇者である父から受け継いだ黒目は抉り取られ、唯一の武器である右腕にも深手を負う。


 あと残されたのは、全身を使った捨て身。だがこれだって触れなかったら意味が無い。


「はぁはぁはぁ……グフッ……」


 吐き出す夥しい量の血で、息は詰まる。傷ついた肺が限界を迎えた瞬間だった。呼吸もままならない。視界も霞む。意識の向こう側からやってくる死を前に、ニヒルは為す術なくその場に倒れ込むのだった。


『愚かな子よな、ニヒル』


 ニヒルが暗闇の中で聞いた事のない声を聞いた頃、ダンジョンの出口でイロアスはブァニス達と会っていた。


「お疲れさん。で、アンタらはちゃんとアイツを言われた通りにしてきたのか??」

「あ、はい。言われた通りに悪魔の嘆きに……で、あ、あの」


 媚びるように、ブァニスは両手でゴマをすりながら物腰低く、イロアスの顔色を伺う。この平服し、自分の方が劣っていると認め、腹を見せる犬のように服従を良しとしている原住民の表情(それ)がどうしても気に食わない。


「いや、犬に申し訳ないか」

「い? 犬がどうしましたか、イロアス様」

「なんでもねぇよ……」


 糞を見るような冷たい視線を向けても尚、ブァニス達は下手くそな笑顔を浮かべている。


「イロアス、早く終わらせろよ。俺達は先に行ってる」

「分かってますよ」と、先をゆく優輝を目線で追った後に、ブァニス達を見る。


「で、俺達もイロアス様達の新世界に」

「新世界……つうか、新境地ってやつだな? お前らはファラリスの雄牛ってのをしってるか??」

「ファラリス……? すみません、勉強不足で分かりません」

「いいや、知らなくて当然だよ。寧ろ、そっちの方が嬉しいんだ」


 イロアスはブァニスの肩に手を添えて、穏やかな表情を浮かべる。


「俺にゃ、イロアスの他にもう一つ名前が──記憶があるんだ」


 それは、地獄からの生還だった。熱く、痛く、苦しく、呪いながら降りた幕が上がり第二幕の始まりだった。イロアスはその状況に、赤子ながらとても満足していた。


 人は目を閉じ、覚めた時には新しい未来が始まっている。とは、よく聞いた話だが、正にこれがこの事が始まりだったと思えば心地がよい。


 これは神からの福音だ。


「それは、イロアス様が転生者……と言う事ですか?」

「ああ」


 短く頷いて、イロアスは口を開く。


「俺の前世はギリシア時代だった。シチリア王にファラリスの雄牛を献上した彫刻家・ペラリウス。そう、お前達がまだ(・・)知らない。そして、これから(・・・・)知る事となるファラリスの雄牛を作った男だよ」

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