果たすべき事
──皆がグルだったのか。父も母も兄も、そして目の前で自己保守の為だと、言い訳を並べる奴らも。
何をしたって言うんだ。勝手に産んどいて、勝手に期待しといて、身勝手に命を奪おうとしてきて。
こんな所で死ぬのか。こんな結末で終えるのか。こんな人生が運命だったのか。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
込み上げる怒は今すぐにでも、目の前の男に飛びかかれと命令を下すが、体の自由は一向に効かない。ただただ、ブァニスが振り上げた斧を目で追うことしか出来ずにいた。
──こんな所で死ぬのか。いやだ、死にたくない。
かろうじて動いた指先と爪先を使って体を動かし、ブァニスの攻撃を躱した。否、ブァニスはわざと外したのだ。それぐらいの事は分かる。
浅い呼吸で意識を保ち、ニヒルは眼前に立つブァニス達に精一杯の無意味な敵意を向け続けた。
「俺の斧は、それでもやはり、人を斬るモノじゃあない……」
「なっ、離せよ……離せッ!!」
服の首元を持たれ、ニヒルは赤子のような抵抗虚しく、壁際にある穴の前まで引き摺られる。その際、切り傷が出来たが麻痺をしていて痛みが分からない。
「ここの穴は悪魔の嘆きといってな、下から噴き上げる空気が不気味な音を出すんだ」
「なにを……言って?」
「つまり……つまり、だ。ニヒル、この穴は下層──しかも十層にまで通じている、らしい。まあ俺は、実際かここから下層に行ったことはないが」
全身を悪寒が走る。
「あとは、自然の摂理ってやつだ。お前の分まで俺達が生きてやる。お前の命一つで、三人救う事ができるんだ。そう考えると、四大英雄の子孫冥利だろ? 勇者殿」
そう言うと、ブァニスは躊躇うことなく、ニヒルを悪魔の嘆きへ投げ入れた。直後、ニヒルは壁に体を勢いよくぶつけながら、転げ落ちてゆく。
ゴリッゴリッと、骨が砕ける音と体を襲う打撃音が鼓膜を叩き続けた。
「……ガハッ……グッ……」
穴から投げ出され、地面に叩きつけられた時、ニヒルは無惨な姿をしていた。皮膚は岩壁に擦れ裂かれ、右足首はあらぬ方向に曲がり、左腕の骨は飛び出している。
頭からは血が滴り、折れた肋骨が肺を傷つけ、口からは泡の混じった血が噴き出していた。
「「グルルル」」
死を目前に、走馬灯に浸る暇もなく聞こえてくる醜悪な唸り声。
「こんな……ッ、奴……にっ……」
どうにか踏ん張りの効く右手で体を起こし、壁に寄りかかる。ニヒルには果たすべき事がある。ブァニスやイロアス達への復讐。命を軽んじた奴らへの復讐を。だからこそ、絶対に──
「喰われて……たまるか……」
彷徨く三匹の名前も知らない魔獣。牙を剥き出し、涎を垂らす姿はまさに血に飢えたケダモノ。狼の容姿をした赤黒い魔獣は、左右から一気に駆けニヒルに喰らいつく。
牙が肉を抉る刹那、ニヒルは自分の体に右手を当て付けた。
「……道連れ(ひらがなならば づ の方が自然に感じます。)だ、バーカ」
──放電。