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嵐の前の静けさ

 ニヒルは今まで、武術を学んだ事も魔法の師を雇った事も無い。唯一許されてたのは、読書での独学だった。理由はただ単に、やる必要がない。優輝達はそう言っていた。


 独学だって、得られるのは微塵程度の知識。これだけが、こんなものが、ニヒルがダンジョンで活かせる長所だ。


 吹けば飛ぶようなペラペラの知識。ダンジョンに対して、こればかりは、他の人に頼る他ないだろう。でも、成人の儀式だなんて聞いた事もない。本来なら前もって──そこまで考えが至り、ニヒルは思考を止めた。


 知らなかったのはあくまで(・・・・)ニヒルだけなのだろう。


「…………」


 ニヒルが扱える魔法はたった一つの属性【雷】のみ。等と、どうにか自分に何が出来るか、何をすべきか。考えていたのは、潜るダンジョンの前──パーティーと初めて顔合わせをした時だった。


「おいおい……大丈夫かよ? まさか一層で全滅するんじゃねぇだろーな?」


 ニヒルを前にイロアスは嘲笑を浮かべる。


「それに、なんだよその装備!! ゴブリンの攻撃すら防げねぇだろ!?」


 牛革で出来た胸当てを指で突き、小馬鹿にした態度を取るイロアスは、方やしっかりとした装備を整えている。これに関して優輝は「イロアスは、訓練所に通いながら稼いだ金で買ったものであり、俺達が用意したものじゃない」と、公平な言いようだった。


 ──が、出立前に耳元で「羨ましいだろ? これは父様と母様からのプレゼントなんだよ」と、陰湿に囁いてきた。


 何が平等だ。不満不服に思ったところで、煮えたぎる怒りを覚えた所で、ニヒルの感情をぶつける場所なんか一つもない。


 ここで初めて(・・・)逆らったとしても、被害者は兄であり加害者はニヒルなのは明白。故に、幾らバカにされようと、口の端を強く噛み締め、爪を立てた握り拳を作り、痛みで誤魔化していた。


「「ははは」」

「ちげぇねぇな」


 イロアスのメンバーもニヒルを笑う。誰一人としてニヒルの味方はいない。目の前に立つ優輝やグロリアも含めてだ。


「まあ精々、死なねぇようにな? っても難しいか。なんせお前のメンバーだって寄せ集めだもんな? 俺達と違ってよ」


 イロアスと同行する者は、全員が【転生者】と【転移者】だ。

 こちらは全員が、ユーライン王国の純血。つまりは、転生者と転移者ではないと言うこと。この時点で、イロアスとニヒルとでは、大きな差が生まれている。


「ではこれから成人の儀──ダンジョンアタックを執り行う」


 見て見ぬふりをして優輝は指揮をとる。淡々とされる説明をニヒルは頭の中で整理をした。


 ・ダンジョンは地下十層まであり、攻略済みである事。

 ・成人の儀では三層まで降りる。

 ・魔獣の討伐は各自、効率的におこなうこと。

 ・一組ずつ行うこと。

 ・三層に生息する魔獣・インフェルフを五体討伐し、尻尾を証として持って来ること。

 ・RTA【リアルタイムアタック】ではないこと。

 ・以上が成人の儀である。


 それを踏まえて分かったことは、ニヒルでも儀を終えることは出来るって事だ。


「まずは、イロアス達からだ。始めろ」


 肩をわざとぶつけて、嫌味ったらしく笑みを浮かべたイロアスはダンジョン内に潜って行った。


「あ、あの……ニヒル君」


 イロアス達の姿が消えた後、真隣に来たチューリップハットを深々被った男性は、曇った丸メガネを拭きながらニヒルを呼んだ。


「はい? どうしました?」

「あ、あの……さっきはフォロー出来なくて……その、ごめんよ」


 そんな事か。と、ニヒルは落ち着いた面持ちで「気にしないで下さい」と、応える。


 ユーライン王国の血族である殆どが今や、異世界人に逆らえるだけの力を持っていない。逆らった所で、知能や技術に戦力、全てにおいで劣ってる為に全く意味をなさないのが現状だ。


 彼等を異民族であり、生活範囲を限定する必要があると保守していた人達もいつの間にか姿を消したと、優輝達が話していたのも覚えている。


 この世界は確実に異民族に占領されつつある。こんな状態で、転生者でもない中途はんぱな人間、英雄の残り粕(ヴァニタス)に肩入れしてたんじゃ、生きにくくなるかもしれない。


 でもこうやって謝ってくれるだけ、身近な距離に感じられる。


「あ、ありがとう。オイラの名前……は、ミリタリー=アルカン。あっちに居る斧を持ってる大きい人は、オイラ達のリーダー、ヴァニシュ=ブァニス。で、隣の女性は、ジルバ=カウラス。二級冒険者の集まりで、エテロペってチームで活躍してるんだ、よろしく」

「アルカンにブァニスにカウラスか。うん、よろしくお願いします」


 本当はこんな役回りしたくもないだろうに、彼等には感謝しかない。奥の二人を見ると必然的に目が合い、大柄な男・ブァニスが男らしい笑顔を浮かべながら右手を上げる。


 ニヒルがブァニスの反応に短く頭を下げると、二人はゆっくりと近づいてきた。


「挨拶が遅れちまってすまねぇな。俺はブァニス、んでこいつが──」

「カウラスさん、ですよね?」

「ん? あぁ、アルカンから聞いたのか。まあ、よろしく頼むぜ」と、ブァニスは大きい手を目の前に差し出す。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 手のひらは、長年斧を振り続けて出来た豆や厚くなった皮などでゴツゴツとしていた。これが戦士の手。肌身で感じ、ニヒルは微かな感動を覚える。


「私は白魔道士よ、よろしく」


 白い魔法衣を身にまとった色っぽい女性は、艶やかな声と優しい笑みをニヒルに向ける。


「こちらこそ、お役に立てるか分かりませんが、よろしくお願いします」

「ああ、親父さんから聞いてんぜ。なんでも、体が弱くて、家から外にあまり出た事ないんだって?」

「え? ……ぁあ、そう、なんですよ」

「言い難いのも分かる。まぁ、安心ししろ、その為に俺達がいるんだから」


 なんていい人達なんだ。これが冒険者。これが助け合い。


「メンバーって、三人でやってるんですか?」

「ん? ああ、まあな。不安か?」


「いいえ」と、首を左右に振るう。


「僕も成人の儀を終えたら……その、冒険者になりたいなあと」


 ニヒルの言葉に何かを察したブァニスは、肩に手を乗せて笑顔で口を開いた。


「待ってるぜ」

「はい!!」

「あら、なになに? 勧誘?」

「まあ、そんな所だな? ニヒル」


 転生者じゃなくたって転移者として選ばれなくたって、例え能力が彼らより劣ってたって絆が生まれれば、困難に立ち向かえるだけの力になるはずだ。


 彼等と一緒に、それを証明するのも悪くないかもしれない。そうしたら、中途はんぱな自分の事も優輝達は認めてくれるだろうか。なんて、夢物語を想像してしまう。


「はぁ……ちょろかったぜ」


 そうこうしている内に行きと大して変わらない姿のまま、イロアスが戻ってきた。勝ち誇った顔をしたイロアスの手には五匹ではなく、十匹分のしっぽが握られている。


 通り過ぎる時に見せた勝ち誇った表情。声に出さずとも、イロアスが何を伝えたいか分かる。彼は絶対的な差を見せつけたかったのだ。


「少し張り切りすぎだぞ、イロアス」

「いやあ、敵が弱くてさ。気がついたらやり過ぎてたわ」

「まったく……。よし、じゃあ次はニヒル」

「は、はい!!」


 イロアスの悪意ある声援を聞き流し、ニヒル・エテロペ一同はダンジョン内へ足を踏み入れる。


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