興奮
『ふむ。朕が察するに、うぬが咄嗟に出した危険信号が、【放電】により加速され、いつもの数倍の速さをもって知らせたのじゃろう。その信号に肉体が無意識に従った結果──が、今の出来事』
ゼ=アウルクの言葉に短く頷き、殴った拳を握り開きしてから距離をとる三匹を見やる。魔獣は一切、目をそらすことなく、ニヒルを眼前に捉えたまま、右往左往としていた。距離にして十メートル未満。
牙を剥き出し唸る魔獣達は、依然として狩猟を諦めていない。その為の隙を伺っているのだと理解は至る。だが攻め込めないのは、ニヒルの一撃があったからだろう。
あの一撃で、アル・フェレス達は容易に狩る事の出来ない獲物と知ったのだ。恐怖心はなくとも警戒心があるってところか。これはこれで好都合ではある。奴らが攻めてこない分、その僅かな時間であってもニヒルの考える時間にあてることが出来るのはいい。
確か、あの時はアル・フェレスが何かに触れた感覚があった。神経に触れたような、明確な根拠は無いが確かな事実。
「アウルク、魔力って他の人が触れたら分かったりするの?」
『ん? ああ、索敵魔法があるくらいじゃからな。あれは、自分の魔力を外へ放出して、それに触れたモノを察知するものじゃ。しかし、神経を集中させる為に、無防備になってしまうし、完璧なものでもない』
「それだ」
ニヒルは、右手を体に押し当て【放電】。神経と同一化した魔力を足元を通して周辺一メートルに絞り、円形に微弱な電気として流す。
ただ立つ姿は、地味で見栄え無いが──今のニヒルにとって最大の攻撃方法。
目を瞑り、精神を統一しつつ機会を一瞬の機会を伺う。
「「グルラァァァアルル!!」」
唸り声から荒々しい猛り声に変わり、アル・フェレス達は三方向からニヒルを襲う。いくつも重なる足音が徐々に近づき大きくなるが、それでも目を開けることは無い。無謀に近い戦術は、しかし、付け焼き刃な戦闘センスに於いては要だ。
アル・フェレスが触れるのを待ち、雷電を纏った拳を構える。
──触れた。
バチっと、か細く鳴った直後ニヒルは電気信号に従い体を反転、鋭い音と共に腹部を拳で穿つ。のと、ほぼ同時に残り二匹は左右から飛びかかっている。アル・フェレスの先を行く反応速度が、回避を許さない。ほぼ同時に見える、コンマ数秒のズレのみで左右のアル・フェレスの頭部は宙で甲高い音と共に弾け飛ぶ。
「……やった。勝てた……勝てたぞ、アウルク」
『ふむ。良くやったではないか』
軋み痛む骨や筋肉の痛みに、眉を顰めたニヒルは改めて【放電】による多大な負荷を実感するが、決して膝を着くことはせず、これもまた【放電】で肉体に鞭を打つ。
「一つ聞きたいんだけどさ」
『なんじゃ?』
「アル・フェレスって十七階層でどれぐらいの強さなの?」
『うーん。ゴブリン……ハイゴブリン……うん。下から三番目程度じゃな』
別に過度とは言わずも、軽度な期待はしていた。それぐらい、今の戦闘はニヒルにとって興奮冷めやらぬ達成感を与えていたのだ。素人当然が倒せるぐらいだ。もしかしたら。だなんて淡い考えは、アウルクの容赦ない言葉に打ち消される。
「ですよねぇ」
『とりあえず今日は、そいつを食べるとしようかのう』
「へ!?」