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魔王・ゼ=アウルク

 ゼ=アウルクは鋭い爪で、自分の指先とニヒルの指先を切った。滴る赤い血を見て、ニヒルは言う。


「魔族も赤い血、なんだな」

「何を今更」

「いや、ほら。魔獣って、血が紫とかのイメージが強いっていうか……」

「ふむ。朕達と魔獣(やつら)は全くの別物じゃ。それよか、早う飲め」


 今思えば、魔族と魔獣の違いだとか、魔族の性質等よく分かっていない。ニヒルが知る書物に記されていた全てが一貫して、彼等がこの世界における【絶対的悪】としていた。


 ──が、いざこうして目の前にしてみると、果たして記されていたモノが本当なのか疑わしいものだ。とある書、四大悲劇とされる物語。確かマクベスと言う話だったか。には【綺麗は汚い汚いは綺麗】と書いていた。

 と、なればニヒルが知る真実とは実は異なる何かがあるのかもしれない。好奇心にも似た探究心が、眼前に居る少女をよく知りたいと訴えかけていた。


 ゼ=アウルクの言葉に従い口を開けると、数滴の血がニヒルに。ニヒルの血がゼ=アウルクに。口に含むと、生暖かさ、ねっとりとした感覚が口に広がる。


「これで契約は完了じゃ」

「これで完了って──」


 これと言って著しい変化は見受けられない。魔族の血をのみ、訪れる拒否反応や痛み。もしくは、その逆で滾る力──だとか。ニヒルの読みをいい意味で裏切り、辺りは静寂に包まれていた。


「安心するがよい、時期に効果は訪れる。否応なしに、の」


 言葉の通り、ニヒルの体には変化が訪れた。体は指先から粒子状となり、解れ、ゼ=アウルクの元に取り込まれてゆく。焦りを禁じ得ないニヒルを見下ろし、ゼ=アウルクは言う。


「今回は半ば、強制的な交代じゃ。仕方あるまい。」

「仕方ないって、これ大丈夫じゃないよね!?」


 痛みは無いが、取り込まれたら死ぬんじゃないのか。そんな至極真っ当な不安、恐怖がニヒルの表情を強ばらせる。が、ゼ=アウルクはニヒルの感覚すらない両頬に触れ、一言。


「大丈夫じゃ」

「……分かった。信じるよ、君の事」


 内心は半信半疑。ただ口に出さないとやってられなかった。心がもたない。ニヒルの言葉に短く頷いた彼女を最後に、体は完璧に体内に取り込まれるのだった。


「久しいのぅ、自分で体を動かす──と言うのは」


 ゼ=アウルクは、意識を覚醒させる。ゆっくりと指先を動かし生を実感していた。この久しい感覚は、感情を昂らせるのに十分すぎるもの。


「まずは──」


 辛うじて動く右手を地面に翳し。刹那の精神統一が魔法陣を展開させた。赤黒く発光する、魔法陣。そこに連ねられた文字一つ一つに宿った魔力は、ゼ=アウルクの求めに従い放出し、髪や服を踊らせる。


「フネラル・ヒール」


 唱えると、可視化された揺蕩う魂が壁や地面、天井をすり抜けてゼ=アウルク──ニヒルの体に取り込まれてゆく。と、同時に回復してゆく体。


 ゼ=アウルクは世界でたった一人の暗黒魔法の使い手。個々が持つ潜在的な回復力を向上させ、治癒させる一般的な回復魔法(ヒール)等とは異なり、朽ちた命の残り粕などを回復に用いる。


 これに似ているのは今はなき精霊魔法だろうか。


 ──に、しても無詠唱と言うスキルはいざ、自分が使ってみると非常に便利なものだ。


 生前のゼ=アウルクは、暗黒魔法の使い手だったとしても詠唱を省く事は出来なかった。故に、歩行詠唱する必要があったが、ニヒルが受け継いだ固有スキルが全てを省いてくれる。そのメリットはこの場に於いて、最大のメリット。


「……さて」


 しにくかった呼吸も今はとてもしやすい。手も足も、何不自由なく動くし、体は完璧な治癒を経た。

 目を覚ましてから、一秒程度の間に万全を期したゼ=アウルクを前に、魔獣達は本能的な警戒を見せる。後退りする魔獣の群れを見て、口を開いた。


「うぬ等に恨みはないが、これも生き抜く為じゃ」


 ニヒルの目には今、聖女の真紅の凰眼(おうがん)。そして、えぐり取られた筈の場所にはゼ=アウルクの黒い結膜と赤い瞳孔をした魔眼が備わっていた。


 両の目で魔獣達をみながら、手先に魔力を込め一瞬走る稲光。だが──


「やはり、ニヒルの魔法は使えぬか」


 もしかしたら、聖女紛いの事が、なんて考えたがやはり難しいようだ。鍛錬をしたらあるいは──


 とはいえ、無理だったとしてもなんら支障がないのも事実。この程度の魔獣であれば、恐れる必要もない。


 両手は光すら吸収する黒さを持つ魔力を帯びる。それはさながら、燃ゆる黒き炎。ゼ=アウルクは屈むと、ニヤリと笑い、黒き魔力を纏った両手で地面を叩きつけた。



「暴れ(たけ)ろ。黒き龍脈(オスクロ・ルス)


 地面は魔獣に向かい、無数の亀裂が走る。生じた鈍い亀裂音と振動は久々であるゼ=アウルクの魔法の成功を意味していた。


 亀裂からは黒く粘り気のある炎が噴き出し、魔獣達を呑み込む。食いちぎろうとするモノ、手で引き剥がそうととするもの。幾重にも重なる絶望を宿した鳴き声が、この空間に響き渡る。だが、抵抗虚しく、腐食し、やきただれ、黒紫に染まり、やがて白骨と化す魔獣達。


 ゼ=アウルクは死して浮き出た魂を取り込むと、一言、ニヒルに向けて言葉を告げる。


「ほれ、終わったぞ」

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