生きがい
主人公は再び畑での作業を続けようとした。そのとき、ふと気づくと、言葉がうまく出てこない瞬間があった。いつものように、声を出そうとすると、喉が少し詰まってしまい、言葉がうまく出ない。
「え…えっと、その…こっち…?」
主人公は自分で言葉を紡ごうとしたが、思うように言葉が続かない。彼は顔を赤くして少し視線を逸らし、手にしていた道具を無理に握りしめた。言葉がうまく出ないこと、それ自体が嫌だった。彼の吃音は、以前から彼を苦しめてきたものだった。前世でも、無職であった理由の一つは、この吃音だった。人前で話すことが怖かったし、いつも誰かが自分を笑うのではないかという不安が心の中にあった。
そのとき、案内してくれた人物が少しの間、黙って主人公を見つめていたが、やがて優しい声をかけてきた。
「焦らなくていい、ゆっくりで。」
主人公は驚いて顔を上げた。その人物は穏やかな笑みを浮かべて、ゆっくりとした口調で言った。
「お前、無理に言おうとしなくていいんだ。焦らず、自分のペースで話せばいい。」
主人公は一瞬、戸惑った。言葉が詰まるたびに焦っていたが、この人物はそんな自分を全く気にしていない様子だった。
「でも、言葉が…うまく出なくて…」
「言葉が出ないことは、何も悪いことじゃない。大事なのは、お前が何をしようとしているか、そしてどう伝えようとしているかだ。」
その言葉に、主人公は少し驚いた。自分がいつも恐れてきたこと、言葉がうまく出ないことが、こんなに温かく受け入れられるなんて思ってもいなかった。
「言葉がうまく出なくても、お前がここでやっていることはしっかり伝わっている。それだけで十分だよ。」
その言葉に、主人公は少しずつ安心していった。自分のペースで話せばいい、焦らずに。
主人公は再び作業を始めることにした。今度は言葉に詰まることなく、少しずつ自分の思うように話すことができた。うまく言葉が続かなくても、そのことに対して余り気にせず、無理なく作業に集中していた。
「いいぞ、その調子だ。」
声がかかる。主人公はその声に少し顔を上げ、目を合わせる。うまく話せない自分を受け入れてくれるその人物に、少しずつ信頼を寄せていった。
そして、作業が終わりに近づく頃、案内してくれた人物が言った。
「お前、だいぶ落ち着いてきたな。」
主人公は恥ずかしそうに笑いながら答えた。
「…はい、少しだけ、楽になった気がします。」
「それで十分だよ。」
その言葉に、主人公は改めて自分のペースで進むことが大切だと感じた。焦らず、少しずつ成長していけばいい。それが一番大事なことだと、心の中で強く思った。
そして、主人公はこの新たな環境の中で、自分の過去と向き合いながらも、少しずつ前に進んでいった。
次の日、主人公は朝早くに目を覚ました。昨晩、案内してくれた人物が提供してくれた部屋で、ぐっすりと眠ったせいか、思ったよりも疲れが取れているように感じた。寝床を離れ、静かな朝の空気を吸い込むと、身体の中に少しずつエネルギーが満ちてくるのを感じた。
「今日はどうしよう…」
主人公は小さな声で呟きながら、昨日のことを思い出していた。畑での作業は大変だったが、あの人物の言葉が心に残っている。焦らず、自分のペースで進んでいこう、と。
それから、家の中に用意されていた簡素な食事を摂りながら、主人公は昨日の畑作業を思い返していた。あの時、草を取りながら言葉がうまく出なかったことが、次第に心に重くのしかかることもなくなっていた。むしろ、自分がしっかり作業をこなせたことに対して、少し自信がついてきているように感じていた。
食事を終えると、主人公は部屋を整え、身支度を整えた。今度は畑に向かう前に、軽く外を歩いてみることにした。静かな空気の中で、少しだけ足を伸ばして歩くと、昨晩の疲れが心地よく抜けていくようだった。
「さて、今日も頑張ろうか。」
主人公はそう呟きながら、畑に向かう道を歩き出した。道中、昨日の作業がまだ少し残っていたことを思い出していたが、今回は少し違う気持ちでその作業に臨むことができそうだった。少しずつでも、自分のペースで進んでいけば、それで良いのだと。
畑に到着すると、昨日の人物がすでに待っていた。
「おはよう、今日はどうした?」
主人公はその言葉に返事をしながら、昨日と同じように道具を手に取る。
「おはようございます。今日は少し、昨日よりもスムーズに作業を進められそうな気がします。」
「それはいいことだ。自分のペースを守って、やってみろ。」
主人公は頷き、昨日と同じように作業を始めた。草を引き抜き、畑を整える作業は、昨日よりも少し楽に感じた。言葉に詰まることも、昨日ほど気にならない。少しずつ、自分のペースで進んでいけていることに、主人公は心から安心感を覚えた。
「お前、なかなかやるな。」
その言葉に、主人公は笑顔を見せながら返す。
「ありがとうございます。でも、まだまだです。」
「昨日よりずっと楽そうに見えるぞ。」
主人公は照れくさそうに肩をすくめる。自分の進歩を実感するたびに、心の中で少しずつ希望が湧いてくるのを感じる。しかし、それでもやはり自分にできることは限られている、という思いがどこかでついて回っていた。
だが、今日一日作業を終えた後、主人公は自分が思っていた以上にやりきったという感覚を持つことができた。
「今日はここまでだ。お疲れ様。」
その言葉に、主人公は笑顔を浮かべながら答える。
「お疲れ様です。ありがとうございます。」
その日の作業が終わり、主人公は再び部屋に戻った。食事を摂りながら、少しだけ自分のこれからについて考える。
「明日も、また少しずつ頑張ろう。」
そう心に決めながら、主人公は静かに眠りについた。
明日がどんな一日になるのかは分からない。だが、確実に言えることは、今日は昨日よりも少しだけ成長した自分がいるということだった。