無職に転生
目を覚ましたとき、周囲が何もかも違うことに気がついた。石畳の道に、低い家々の屋根、遠くにそびえる大きな城、全てが異世界そのものだった。まるで中世のヨーロッパ、あるいはファンタジーの世界に足を踏み入れたかのような感覚だった。
「…あっ、あれ? ど、どこだ、ここ…?」
目の前で自分の声が震えて聞こえた。吃音が出てしまうと、どうしても言葉が上手く出ない。普段の生活でも、会話は少なく、なるべく言葉を発しないようにしていた。それが転生後でも変わらなかった。
一度深呼吸をしてから、ゆっくり周囲を見渡す。自分の服装は、ボロボロのチュニックと革のズボン。どこか時代遅れのような、かなり古めかしい衣服を着ている。まさに中世の無職のようだ。
「……無職?」
ふと自分の状況に疑問を抱く。異世界に転生したはずなのに、特に能力も与えられていない。前世では、現実世界でも無職で引きこもりだった。転生する前に思っていたこととは裏腹に、この世界でもまた無職。
「ま、まじか…」
呆れたように呟いてしまったが、それでもなんとか歩き始める。周囲には、行き交う人々がいるが、見た目は皆、普通の商人や農民といった感じだ。街並みも想像していた通り、中世っぽい感じで、どこか落ち着いた雰囲気が漂っている。
「ど、どこに行けばいいんだろう?」
声が震えて、また言葉が途切れる。なんとか歩きながら考えたが、結局どうすればいいのか分からない。無職で、能力もない、自分にできることと言えば、もしかしたら「働く」ことぐらいしかないだろう。
ふと目をやると、広場に掲示板が立てられている。その掲示板には、いくつかの求人情報が書かれているようだった。『荷運び』『農作業』『掃除係』……など、どれも低賃金のように見えるが、ここではそれしか選択肢がないのかもしれない。
「……うーん。」
自分は、決して身体が強いわけでもなく、特別な才能があるわけでもない。今まで無職で、社会に出ることもなく生きてきた自分にとって、この世界で「働く」ことができるのか、と不安に感じた。だが、そんなことを考えている暇もない。
「よ、よし、試してみよう。」
鼓動を感じながら、掲示板に近づいて、求人を一つ選んでみる。『農作業手伝い募集』の文字が目に入った。周りの人々も、やや疲れた様子で動いている様子だが、それでも生き生きとしている。
「う、うん、これならできる…」
そう言って、やっと足を一歩踏み出す。自分の足音が、少し大きく響く感じがした。吃音が気になるが、そんなことを言っても仕方がない。とりあえず、今は動いてみることが大事だ。
そのまま、掲示板のそばで仕事を募集しているらしい人物に声をかける。息を吸ってから、ゆっくり言葉を発する。
「あ、あの…わ、わたし…こ、この、農作業…で、で、働きた、た、いんですけど…」
相手の目が少し鋭くこちらを見つめる。少しの沈黙が流れる。自分が言葉を発するのに時間がかかり、どうしても吃音が出てしまったせいで、相手が驚いたのかもしれない。だが、何とか気を取り直して待つ。
しばらくして、その人物が口を開く。
「ふん、君みたいな奴が本当にやれるのか?」
相手は少し皮肉混じりに言ったが、それでも少し思案した後、うなずいて言った。
「ま、試してみろ。できなければすぐに追い出すからな。」
その言葉に胸が少し軽くなる。自分にできるかどうかはわからないけれど、とにかく何かを始めないことには、何も変わらないからだ。
早速、その人物に案内されて畑へと向かうことになった。周囲は広大な農地が広がっており、陽の光がまぶしく、湿った土の匂いが漂っている。手入れの行き届いた畑では、いくつかの作物が育っており、忙しそうに働く人々の姿が見えた。
案内された場所で、主人公は畑の一角に連れて行かれ、与えられた仕事は「雑草取り」だった。手にした小さな道具を見て、どう使えばいいのか少し迷ったが、すぐに使い方はわかった。地面に生えた草を引き抜いていく、単純な作業だ。
だが、いざやってみると、すぐに体力の限界を感じた。手を伸ばすと、すぐに腕がだるくなり、腰も痛くなる。普段は体を動かすことがなかったため、どんなに頑張っても、なかなか作業が進まない。
「あっ、あっ…」
言葉をつかえてしまいながらも、なんとか草を引き抜く手を動かす。息が上がり、汗が額を伝って流れ落ちる。無理に続けることで、どんどん体力が消耗していく。
だが、サボろうとは思わなかった。
「だ、だからこそ…頑張らないと!」
何度も心の中で自分に言い聞かせる。前世の無職時代を思い出すと、いつも「サボっている自分」を悔やんだ。でも、この異世界ではそんな自分を変えたかった。サボりたくても、サボれなかった。頑張らなければ、何も始まらないからだ。
「はぁ…はぁ…!」
息を切らしながら、畑を進む主人公。もう手が痛くて仕方がないが、それでも草を引き抜く手を止めるわけにはいかなかった。何度も何度も膝をつきそうになるが、耐え、再び立ち上がって作業を続けた。
そうして、ようやく一段落したころには、主人公の全身は汗でぐっしょりと濡れていた。顔は赤くなり、息は荒いままだ。手に持った道具も滑りやすくなり、疲労の色が色濃くなっていた。
「こ、これで…終わりか…?」
その時、ふと声をかけられた。振り向くと、先ほどの人物が立っている。
「ふむ、なかなかやるじゃないか。お前みたいな奴がこんなに頑張るとは思わなかった。」
主人公はその言葉に驚き、少し立ち止まった。普段から人に褒められることがほとんどなかったので、正直戸惑っていた。しかし、心の中で少しだけ誇らしさを感じた。
「で、でも…疲れました。手が、腕が…」
「はは、まあな。お前みたいなヤツがすぐにできるわけじゃないさ。でも、最初からできる奴なんていない。今はまだ疲れただけだろうが、続けていれば、少しずつ慣れるさ。」
その言葉に、主人公は何となくほっとした気持ちになった。もしかしたら、これから少しずつ成長していけるのかもしれない。体力がない自分でも、無職を脱出するためには、こうやって少しずつ努力を積み重ねていけばいいのだ。
「が、頑張ります…!」
主人公は、気持ちを新たにしてもう一度立ち上がった。まだまだ先は長いけれど、今の自分にできることを、少しずつ進んでいこうと決めた。