おい、引きこもり
この物語は、どこにでもいる無職の男が、命をかけて一度きりのチャンスを掴もうとする話です。誰もが一度は自分を変えたくなる時がある。社会に埋もれ、日々が過ぎていく中で、「このままでいいのか?」と悩みながら、変わることができない自分に苦しむ。そして、そんな自分を少しでも変えるために、何かをしなければならないと感じる瞬間が訪れます。
けれど、その一歩を踏み出すことができないまま、ふとしたきっかけで命を落としてしまう。彼がその後、異世界でどんな人生を歩んでいくのか、どう変わっていくのか、今後の展開にご期待ください。
それでは、どうぞお楽しみください。
僕の一日は、だいたいこんな感じだ。
朝か、昼か、夜か、どこで区切りをつけたらいいのか分からない。とにかく目が覚めるのは、大体午後の遅い時間帯だ。昼夜逆転しているせいで、窓の外はすでに暗くなっていることがほとんどだ。
今日も目が覚めると、頭がずきずきと痛んでいた。布団の中で、しばらくはその痛みを受け入れながら、ぼんやりと天井を見つめていた。何もやる気が起きない。動く気力も湧いてこない。
「またか…」
それが、いつものパターンだ。
目が覚めたら、まずスマホを手に取る。何も見ることはないのに、ついネットを開いてしまう。無意識に、気になるニュースをチェックしたり、SNSを眺めたりする。何か、少しでも自分の心に響くような情報を求めているような気がしていた。でも、結局いつも、何も得られずに時間だけが過ぎていく。
そんなことを繰り返していると、おかんが部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「ご飯、持ってきたよ」
おかんの声だ。いつも通り、優しい口調で言ってくれる。僕の部屋の前までお盆を持ってきてくれるんだ。おかんの愛情は、ありがたいと思うけど、それがまた僕を無力だと感じさせていた。
「うん、ありがとう」
僕は軽く返事をするけれど、心の中では「こんな大人になってしまって、申し訳ない」と思っていた。おかんは何も言わないけれど、その優しさが僕には重かった。
ご飯を食べ終えると、いつものようにダラダラとネットサーフィンを続ける。何も目的がなく、ただ時間を潰しているだけだ。でも、それが心地よかった。とにかく何も考えたくない。あれこれ思い悩んでも、何も変わらないし、結局は同じ毎日が続いていくだけだ。
このままでいい。そう思うことで、少しだけ気が楽になる。今さら変わるわけもないし、変わりたくもない。むしろ、今の生活が一番楽だと感じていた。
そんなとき、玄関の扉が開く音が聞こえた。おかんの声が続いて、次に父親の声が聞こえる。
「ただいま、っておい、またお前は…」
僕はその声を無視して、スマホの画面に視線を落とした。親父が帰ってきたことは分かっていたが、反応する気力もなかった。
「お前、いい加減にしろよ!」
そして、予想通り、親父が部屋の扉をガラッと開ける音がした。普段からあまり言葉を交わさない親父が、帰宅するたびに必ず言うセリフが決まっていた。
「また、こんな時間に寝ているのか?」
無理に返事をしようとしたが、口が動かなかった。結局、無視を決め込んだ。何度も言われているし、どうせまた同じことを繰り返すだけだ。こんな生活が、もう当たり前になってしまっていた。
「お前なぁ、いつまでこんな生活してんだ?」
親父の怒鳴り声が響く。だけど、心の中では冷静に思う。どうせ、何も変わらない。説教をして、何かが変わるわけじゃない。それに、言われてもどうしようもないんだ。
「お前、何かやりたいことはないのか? 無職で毎日ネットばっかり見て、どうすんだよ! 少しは社会に出ろ!」
親父は、何度も何度も同じことを言う。僕は、ただ黙っていた。何も返す気が起きない。だって、正直、社会に出ても意味がないと感じていたからだ。働くことで何が変わる? それだけで自分に価値が見出せるのか? それに、僕には何もできない。何もしたくない。だから、無理に動きたくない。
「お前もいい加減、わかってるだろ? このままじゃまずいんだよ!」
親父は言葉を続けるが、もう耳に入ってこない。正直、もうどうでもよかった。
「自分で何かをやらないと、この先どうするつもりなんだ?」
そして、その言葉が最後だった。怒鳴りながら、親父はドアをガラッと閉めて、部屋を出ていった。
静かになった部屋で、僕はただ目を閉じて、深いため息をついた。
「うるさいな…」
そう思ったが、どこかで、心の奥底ではその言葉が響いていた。「このままでいい」と思っていたけれど、心の中では、どこかで変わりたい自分もいることに気づいていた。
でも、どうやって変わればいいのか、わからなかった。
親父の説教が終わった後、部屋はまた静かになった。僕はベッドに寝転がりながら、頭を抱え込んだ。痛みが強くなってきて、まぶたが重くなる。
「本当にうるさいな…」
心の中で呟くけれど、声に出しても何も変わらない。結局、また同じことを繰り返すだけだ。
「俺には…どうしようもないんだ」
そう言い聞かせながら、ぼんやりと天井を見上げる。どこかで「変わりたい」という気持ちが湧いてくる。でも、その気持ちはほんの少しだけだった。90%は、「このままでいい」と思っている自分がいる。今の自分が一番楽だし、何も考えずにネットを見て過ごす日々が一番安心する。
それでも、心の奥底には、わずかに「何かしなければ」という思いがある。親父の言葉が、その思いを無意識に引き出してしまったのかもしれない。
「でも…何を始めたらいいんだろう」
僕は、何も思いつかないまま、そのままじっとしていた。何かをやりたいと思っても、具体的に何をやればいいのか分からなかった。働きたくないし、外に出るのも面倒だ。でも、これで一生、このままでいいのか? と、少しだけ不安になってきた。
「いや、でも…」
また、思考が絡まり始める。変わりたい気持ちが湧いてきても、どうすればいいのか全く分からない。その無力さが、さらに自分を追い詰めるように感じた。
「やっぱり…俺はこのままでいい」
結局、いつも通りの自分に戻ってしまった。変わらなくていい、何もしたくない。親父の言葉が頭の中で響き続けるけれど、それでも僕はその言葉を無視して、またスマホを手に取った。
「明日もまた、こんな一日が待っている」
そう思いながら、画面に目を落とす。何か面白いことでもないかと、無駄にスクロールしていると、ふと目に留まった記事があった。
「…異世界転生?」
一瞬、その文字に目を奪われた。しかし、それが何かをするきっかけになるとは思えなかった。
「…あっ、それでも、こんなことを考えているうちはまだ変わりたいと思っている証拠か」
それでも、その記事を指でスクロールしながら、心のどこかで一瞬、夢想してみる。もしも、異世界に転生したらどうだろう? この退屈な毎日が変わるのだろうか?
しかし、すぐにそれは虚しい幻想だと感じ、またスマホを置いた。
「まあ、無駄に悩んでも仕方ない。変わる気なんてないんだし」
また、無意識にその言葉が口から出た。自分に言い聞かせるように。それでも、どこかでほんの少しだけ、今の自分が変わる可能性があるんじゃないかという希望も捨てきれずにいた。
次の日、目が覚めたのはいつもより少し早かった。夜通しネットを見ていたわけでもない。何かが変わる気がして、体が勝手に動いたのだろうか。
目をこすりながら、寝ぼけたまま窓を開ける。そこから見えるのは、いつもの景色。ベランダ越しに見える狭い通り、まばらな車の音、遠くから聞こえる駅のアナウンス。それが僕の世界だ。
「ああ、外に出よう」
ぼんやりと思いながら、ゆっくりと身支度を始める。何も決めていなかった。ただ外に出るだけ。今日一日を何かに使いたい、というぼんやりとした気持ちが僕を動かしていた。
普段なら、こんなことは考えもしない。それに、外に出ると言ってもどこに行くつもりもなかった。ただ、部屋に閉じこもっているのが当たり前だったから、外の空気を吸ってみることがこんなに大事だと感じたのは、ほんの少しの勇気を振り絞った証拠なのだろうか。
少し汗ばんだシャツを着替え、靴を履いて、部屋を出る。家を出るのは、本当に久しぶりだ。10年ぶりに外の世界に足を踏み出す。気分は、少しだけ胸が高鳴る。でも、なんとなく不安もあった。
玄関の扉を開けると、リビングで何かをしていた親父がこちらを見た。目が合った瞬間、親父の表情が変わった。
「お、お前…外に出るのか?」
親父の声が少し震えているのがわかる。その顔に浮かんだのは、驚きとともに、どこか嬉しそうな表情だった。
「…ああ、ちょっとな」
「…ああ、そうか、そうか」
親父は立ち上がり、僕を見守るようにじっと見つめていた。何も言わず、ただ見守るその姿が、なんだか温かく感じた。実家にいることが当然だった僕にとって、外に出ることが特別なことだとは思わなかった。でも、親父にとっては、僕が自分から外に出ることが、何か大きな一歩のように見えたのだろう。
「頑張れよ」
その言葉が、少しだけ胸に刺さる。
「うん」
そう返すと、親父は黙って頷き、ふと目をそらす。少しだけ、涙がこぼれそうな気配を感じたが、すぐに背を向けてキッチンの方に歩いて行った。何も言わずに、その背中を見ていると、ふと心が温かくなった。
「ただ家を出ただけなのに、こんなに嬉しいんだろうな」
親父が僕を応援してくれることに、少しだけ胸が痛んだ。でも、そんな感情はすぐに薄れて、外に出るために再び足を踏み出した。
10年ぶりの外の空気は、想像以上に新鮮だった。なんでもない街並みが、まるで別の世界のように感じる。そこに自分がいることに、不思議と安堵感を覚えた。
久しぶりに外に出たものの、行き先も決めずただ歩いていた。街の雑踏に混じってみても、何かが違うと感じた。周りの人々が何かに追われているように忙しなく動き回っている中、僕はただひとり、取り残されたような気持ちになった。
そんな時だった。
目の前で、若い女子高生が必死に走りながら、後ろを振り返って叫んでいるのが見えた。周囲の人々は何事もないように通り過ぎる中、その子だけが何かから逃げるように走っている。
「なんだ?」
その様子に目を奪われると、少し離れた場所で、一人の男が女の子を追いかけているのが見えた。背が高く、顔に得体のしれない怖さを漂わせる男だ。その手にはナイフらしきものが握られている。言葉にできないほどの恐怖が走った。
「何だ、あれ…!」
頭が真っ白になる。人々が無関心に行き過ぎていく中で、僕だけはその状況に気づいた。女の子は必死に逃げているが、男は容赦なく迫り、もう少しで捕まってしまいそうだ。
逃げることすらできない。そのことが、今の僕にとっては恐ろしいほどに重くのしかかってきた。
「助け…なきゃ」
心の中で何度も繰り返し呟く。自分にできることはない、と思いながらも、その場を立ち去ることはできなかった。見ているだけで、どこかで自分が責められているような気がして、足が勝手に動き出す。
無意識に駆け出していた。何をしているのか、どうしてこんなことをしているのかもわからない。ただ、目の前の状況が、今の自分には許せなかった。
「放せ!」
声を張り上げ、男に向かって走る。しかし、男は一瞥をくれただけで、今度はナイフを振りかざしてこちらに向かってくる。その瞬間、僕の体が凍りつくような恐怖に包まれた。
「やばい…!」
反射的に後ろに足を引くが、ナイフはすぐに僕に迫り、そして。
「ぐっ…!」
鋭い痛みが胸に突き刺さった。息が詰まり、体が震える。痛みが全身を駆け巡り、視界がぼやけていく。どうしてこんなことが…あの子を助けたかっただけなのに。
「こんな…」
その瞬間、全てが暗くなり、何も感じなくなった。
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