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解読の糸口

 宿屋の自室、ランプの灯りの下で、俺は手に入れた羊皮紙の切れ端――暗号メモ――とにらめっこしていた。奇妙な記号と数字の羅列。これが解読できれば、俺を監視する者たち、すなわち王国の諜報機関の目的や拠点の手がかりを掴めるはずだ。


 俺は持てる知識を総動員して解読を試みた。単純な文字の置き換え(シーザー暗号のようなもの)か? 特定の法則に基づいた数列か? あるいは、何か別の言語や記号体系が使われているのか? いくつか試してみたが、どれも意味のある言葉にはならなかった。


「ぷるる……(難しいね……)」

 外套の中から顔を出したプルも、メモを覗き込みながら首を傾げている。残念ながら、これは魔力的なものではなく、純粋な人間の知恵によって作られた暗号のようだ。


(自力での解読は無理か……。誰か、こういうものに詳しい奴はいないだろうか?)


 真っ先に思い浮かんだのは、ボルガン親方の顔だった。彼は腕利きの鍛冶師であると同時に、ドワーフとして古い知識や、あるいはこの街の裏事情にも通じているかもしれない。ギルドに相談するのは、騎士団の目がある以上危険だ。学者や古物商を当たるのも時間がかかる。まずは、最も信頼できる親方に頼ってみるのが良さそうだ。


 翌日、俺は完成した武具の調整という名目で、ボルガン親方の工房を訪れた。新しい剣『星穿』は手に驚くほど馴染み、リンドのプロテクターも完璧な仕上がりだった。親方の腕は確かだ。


「親方、実は一つ、相談がありまして……」

 俺は武具の礼を言った後、懐から例の暗号メモを取り出した。

「古い知り合いから譲り受けたものなのですが、どうにも意味が分からなくて。何か心当たりはありませんか?」


 メモの入手経路や重要性は伏せて、あくまで偶然手に入れた古い文書、という体で尋ねてみる。

「ん? なんじゃ、こりゃあ?」

 ボルガン親方は、油の染みた指でメモを受け取り、眉間に皺を寄せながら眺め始めた。

「奇妙な記号じゃな……。さっぱり分からん……いや、待てよ?」


 親方は顎の髭を捻りながら、いくつかの記号を指でなぞった。

「この菱形の記号……古いドワーフの数字の『3』に似ておるな。そして、この波線は……ああ、これは最近、港区画の連中が使っとる隠語で『荷物』を意味するんじゃなかったか?」


 さらに彼は、別の記号を指差した。

「こいつは……間違いない。ドワーダルに古くからある酒場、『三日月亭』の古い紋章の一部じゃ。今はもう寂れて、あまり評判の良くない連中の溜まり場になっとるが……」


 ボルガン親方でも完全な解読はできないようだったが、彼はいくつかの重要なヒントを与えてくれた。古いドワーフ数字、隠語、そして特定の酒場の名前。


「ありがとうございます、親方! すごく助かりました!」

「ふん、何の役にも立っとらんわい。それより、そんな怪しげな物に関わって、面倒に巻き込まれるんじゃないぞ、若いの」

 親方はぶっきらぼうに言いながらも、その目には心配の色が浮かんでいた。


 宿屋に戻り、俺は親方から得たヒントをもとに、改めてメモと向き合った。ドワーフ数字、隠語、酒場の名前……それらを当てはめていくと、パズルのピースが嵌まるように、いくつかの単語が浮かび上がってきた!


『……黒鉄通り……三日月亭……三日後……宵闇……荷物……受け渡し……』


 黒鉄通りは、ボルガン親方の言っていた『三日月亭』がある、少し治安の悪い地区だ。三日後の宵闇に、その酒場で何らかの『荷物』の受け渡しが行われる……。


(間違いない。これが奴らの接触場所、あるいは取引の現場だ!)


 何の『荷物』なのかは分からない。鉱山の異変や『星霜の結晶』とは直接関係なさそうだが、王国の諜報機関が関わっている以上、何か重要なものであることは確かだろう。そして、この取引現場を押さえれば、奴らの目的や組織の繋がりについて、さらに多くの情報を得られるはずだ。


(危険だが……行くしかない!)


 受け身でいるだけでは、いつか必ず追い詰められる。こちらから仕掛け、情報を掴み、主導権を握るのだ。俺は潜入計画を練り始めた。


「プル、リンド。また少し、危ない橋を渡ることになる」

 俺の言葉に、二匹は静かに、しかし力強く応えてくれた。

「ぷる!(任せて!)」

「キュル!(どこへなりとも!)」


 三日後の夜。俺は潜入に適した黒っぽい服装に着替え、新しい剣『星穿』を腰に差した。ボルガン親方が魂を込めて打ってくれたこの剣が、きっと俺を守ってくれるはずだ。プルは気配を完全に消し、俺の外套の下に潜む。リンドは今回、厩舎で待機だ。さすがにあの巨体では潜入は不可能だ。


「さて、ネズミの巣に足を踏み入れるとしようか。どんな情報が手に入るか、楽しみだ」


 俺は不敵な笑みを浮かべ、夜の闇が支配する鉱山都市ドワーダルへと繰り出した。目的地は、黒鉄通りにあるという酒場『三日月亭』。新たな戦いの舞台へ、俺は静かに歩を進めた。

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