尾行者の影、掴んだ尻尾
新しい剣『星穿』とリンドのプロテクター。ボルガン親方の手による武具は、俺たちの戦力を確実に底上げしてくれた。しかし、安堵感よりもむしろ、俺の中では日増しに警戒心が高まっていた。街中で感じる、あのまとわりつくような視線。偶然や気のせいではない。俺たちは、間違いなく監視されている。
(誰が、何のために……? 騎士団の生き残りか、それともアルヴィンが放った新たな刺客か)
正体も目的も分からないままでは、対策のしようがない。俺は、この見えざる敵の尻尾を掴むために、自ら動くことを決めた。
翌日、俺はわざと人通りの多い市場などをぶらつき、無防備を装って尾行を誘った。プルには外套の下で常に周囲の気配を探らせ、俺自身も五感を研ぎ澄ませる。案の定、すぐに例の視線を感じ始めた。それも、一人ではない。少なくとも三人……いや、四人が連携して俺を監視しているようだ。動きに無駄がなく、気配を消すのも巧みだ。素人ではない。
(プロの密偵か、あるいは訓練された兵士か……)
俺はしばらく彼らに泳がせ、人気の少ない裏路地へと誘い込むように歩を進めた。日が傾きかけ、人通りが途絶えた袋小路。ここなら、邪魔は入らないだろう。
袋小路の奥で、俺は不意に立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「……いつまで付いてくるつもりだ?」
俺の声に、路地の入り口付近の影が揺らめいた。隠れるのをやめ、四人の人影が姿を現す。いずれも黒っぽい服装に身を包み、顔はフードやマスクで隠している。手練れの雰囲気だ。
「何の用かは知らないが、俺に関わるのはやめておけ。忠告はしたぞ」
俺は静かに告げ、腰に差した新しい剣『星穿』の柄に軽く手をかける。同時に、プルに合図を送り、外套の下から威嚇するように低い魔力の波動を放たせた。リンドはここにはいないが、その存在を匂わせるだけで十分な牽制になるはずだ。
四人の密偵たちは、俺の言葉とプルの威圧に一瞬怯んだように見えた。だが、すぐに冷静さを取り戻す。彼らは互いに目配せをすると、何も答えずに、音もなく後退し始めた。
(……襲ってはこない、か。だが、簡単には逃がさん!)
彼らが撤退を開始した瞬間、俺は地面を蹴った! 新しい剣『星穿』を抜き放ち、その切っ先を先頭の男に向ける!
「待てと言っている!」
俺の予想外の動きに、密偵たちは驚き、散開して逃走を図る!
「プル、右の二人を! リンド(の威嚇)援護!」
実際にはいないリンドの名を呼ぶことで、相手にさらなるプレッシャーを与える。プルは外套から飛び出すと、素早い動きで二人の密偵の足元に《粘着液》を放ち、動きを封じた!
俺は残りの二人を追う! 相手も必死で、ドワーダルの入り組んだ路地を巧みに利用して逃げようとするが、俺の身体能力も以前とは違う! プルからの索敵情報も頼りに、最短ルートで追い詰めていく!
一人の密偵が、焦りからか懐から何かを取り出して投げつけてきた! 煙幕か!? いや、違う――小型の爆弾だ!
「くっ!」
俺は咄嗟に【収納∞】を発動! 爆弾が炸裂する寸前にスキル空間へと放り込む! (時間停止空間に入れれば、後で何かに使えるかもしれない)
その一瞬の隙に、密偵は角を曲がり、姿を消そうとする!
(逃がすか!)
俺は角を曲がりざま、相手が落とした(あるいは投げ捨てた?)小さな革袋が転がっているのを見つけた。追跡を続けたい気持ちを抑え、まずはそれを【収納∞】に回収する。
結局、密偵たちを取り逃がしてしまった。プルの粘着液にかかった二人も、仲間が時間を稼いでいる間に拘束を解いて逃げたようだ。
(……手強いな。だが、収穫はあった)
宿屋に戻り、回収した革袋の中身を確認する。中には、数枚の金貨と、そして……奇妙な記号が羅列された羊皮紙の切れ端が入っていた。何かの暗号だろうか? そして、もう一つ。革袋の裏地には、小さく、しかし見覚えのある紋章が焼き印で押されていた。
(この紋章は……間違いない。アルヴィンのいた国の、王家直属の諜報機関のものだ!)
騎士団だけではない。王国の諜報部まで動いているのか。やはり、俺と『星霜の結晶』は、彼らにとってそれほどまでに重要、あるいは危険な存在と見なされているらしい。
そして、あの暗号メモ。これが解読できれば、奴らの目的や、ドワーダル市内にあるかもしれない拠点の手がかりを掴めるかもしれない。
「なるほどな……。尻尾は掴んだ。ただ逃げるだけだと思うなよ」
俺は暗号メモを睨みつけ、静かに呟いた。受け身でいるのは終わりだ。こちらから仕掛ける時が来た。
夜の帳が下りた鉱山都市ドワーダル。その喧騒の裏で、新たな戦いの火蓋が切られようとしていた。俺は窓の外を見つめ、反撃への決意を固める。プルとリンドも、俺の隣で静かにその時を待っていた。




